案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2010年8月24日火曜日

志摩線 鳥羽

1964年7月6日の異常に熱い日、名古屋から関西本線のC57列車に乗り、亀山機関区で現役のC51225詣でをし、紀伊本線・参宮線の亀山発のC57列車で鳥羽へ向かった。紀伊半島ではSL列車がまだまだ何本も活躍していた。
紀伊本線から別れる参宮線の終点鳥羽は遠い地の果ての感じがしたが、宇治山田まで来ている近鉄を利用すれば便利な土地であったのだろう。
鳥羽は海に囲まれた風光明媚な土地。関西・名古屋の奥座敷のせいか、洗練された小奇麗な印象を受けた。この鳥羽から更に奥の賢島まで走る三重電鉄志摩線の沿線は、美しい風景があったものの私鉄ローカルカラーは平凡であった。
                                                                            
風光明媚な鳥羽で、C57と志摩線の電車が出会う       1964.7.6

参宮線の終点鳥羽駅  亀山から列車を弾いて来たC57

賢島行き電車のりば   鳥羽


左手に鳥羽の海を見ながら賢島へ向かう   鳥羽

4 件のコメント:

青蛙 さんのコメント...

私が訪ねた時には確か近鉄賢島線でした(うろ覚えですが…)ローカルカラーの魅力を感じませんでしたのでこの掲載された写真を楽しみました。

katsu さんのコメント...

青蛙さん
この年の12月に松坂線が廃線になりました。
志摩線より松坂線を訪問しておくべきで、
松坂線を後廻しにしたのが今でも悔やまれます。

Cedar さんのコメント...

私の知っているこの線は、名古屋・大阪からの特急と、2連のローカルしか走っていない単なる近鉄線でした、三重港通時代はクロスシート車や急行もあってユニークな線だったようですね。

katsu さんのコメント...

Cedarさん
コメントありがとうございます。
三重電鉄時代、確かにクロスシート車がありましたね! とても近代的でスマートな電車でしたが旧型車の生まれ変わりとは全く知りませんでした。
この種のクロスシート車と言えば、私は淡路交通のクロスシート車に惚れ込みました。