案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2010年8月15日日曜日

雄勝線 湯沢

尾花沢線を終えると、その日のうちに奥羽本線大石田から湯沢へと向った。
陽も傾き始めた湯沢の街には、明日からの七夕まつりで絵灯篭が飾られていた。国鉄湯沢駅の隅に雄勝線のりばがあり、朱と黄のツートンカラーに塗られた電車が牽く混合列車が1時間後の発車を待っていた。デハ7+ト+ハフ14+ワフ1

  
この混合列車に乗り電車区のある西馬音内まで往復してみた。夕日を浴びた古典2軸客車のデッキから見る沿線は、田んぼの小川で遊ぶ子供達など長閑な田園風景であった。明日の撮影ポイントを決めて湯沢に引き返すと、例によって駅前旅館で一番安い宿をみつけて宿泊した。

湯沢駅に到着したデハ6    1964.8.6 

湯沢駅  西馬音内 梺方面のりば   ホハフ5+ハフ14
翌日、宿の前の商店街では朝から七夕まつりの飾りつけが始まっていた、七夕まつりと言っても仙台の七夕とは違って素朴な飾りである。雄勝線湯沢駅も、七夕祭りで客が多く活気に満ちていた。夕方になると路地のあちこちで行商の人たちがリヤカーの上に店開きしていた。
東北地方はお盆で最も混み合うシーズンとなり、超満員の奥羽本線の列車に乗り込み湯沢を後にした。

大衆食堂、駅前旅館、羽後交通乗車券発売所がある通り



4 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

駅前の旅館は商人でしたね。小生にとっては「秋田木材」という大きな作業場が印象的でした。西武多摩湖線の電車がかわいらしい。
丸窓を付けた木造電車とポールがよく似合っていましたね。貧乏学生2人でよく行ったものです。

katsu さんのコメント...

青蛙さん
西馬音内は幻想的な盆踊りで有名だったのを後で知りました。この幻想的な夏の光景を一度見たいと毎年思っています。

内藤 さんのコメント...

秋田県湯沢市の住民です。
雄勝線のことを調べていてこのサイトを見つけました。私自身小さい時に祖母に連れられ雄勝線に乗っていました。
実は湯沢市在住の何人かのFacebookユーザーで『はぁ~え、湯沢のなえでもびゃっか』というページを作っております。昔の湯沢の写真を紹介するページです。もし宜しければそちらにこのサイトの写真を掲載させていただけませんでしょうか?
私どものページに雄勝線最後の日の動画を掲載しておりますのでもし宜しければご覧下さい。何卒宜しくお願いいたします。

『はぁ~え、湯沢のなえでもびゃっか』
https://www.facebook.com/yuzawabyakka

katsu さんのコメント...

内藤様
雄勝地方の湯沢や西馬音内は私の憧れの土地です。
毎年、毎年、夏になると幻想的な西馬音内盆踊りを見に行きたいと思っています。
素晴らしい「追憶の湯沢史」Facebookで懐かしい動画を拝見しました。
早速facebookにメッセージを入れいいね登録させてもらいました。
昔と今の湯沢の事をいろいろと読ませて戴くのが楽しみです。