案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2012年11月20日火曜日

朝の東和歌山駅前1

2010年6日9日アップの「朝の東和歌山駅前」をネガからスキャンし直しました。

朝の東和歌山駅前に人が多くなり、和歌山軌道線の電車が次から次とやって来ると駅前は通勤・通学客で賑わい始める。この駅前大通りには当時の商店の佇まい、ボンネットバス、路面電車、通勤・通学客の賑わい、など魅力満載の朝の光景であった。

朝の東和歌山駅前通りで一つ目ライトの小型200形が魅力的. 1964.07.10 クリックで拡大

東和歌山駅前のメイン通りには映画館や大衆食堂の看板が見え、
この頃走っていたボンネットバスが時代を感じさせる.

朝の通学時間にやってきた腰高古参500形とボンネットバスの顔合わせが魅力的だ.
小さな路面電車にとても乗り切れない高校生で、朝は電車総動員なのだろう.

次々と朝の駅前にやってくる小さな200形. 東和歌山

魅力的な500形

3 件のコメント:

Cedar さんのコメント...

私たちが行った時はちょうど東和歌山駅ビルが出来た直後でした。区画整理も行われたのか、お写真の街並は消えていました。
ボンネットバスの車体に南海の羽根車マークが見えてますね。

katsu さんのコメント...

Cedarさん、
東和歌山駅前の路面電車なき後は駅ビルになってしまいましたか・・・。
写真に撮ったこの頃はどこでも当たり前の風景で、
決して奇麗ではない街並に何も感じなかったのに、
後になって見ると楽しい一角でした。
やはり路面電車あっての活きた駅前風景だったと思います。
奇麗な駅前風景になってもそんな楽しさがちょつぴりでも
感じられる街だとよいのですが。

katsu さんのコメント...

南海の紋章には風格がありますね。
ボンネットバスの車体に見える南海の紋章と会社名は
ネガ左右の隅を一杯にスキャンして初めて判りました。
ネガの左右には貴重なものが隠れている、
とはいつも感じていることです。