案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2012年11月28日水曜日

嵐山線 昭和39年の京都

昭和39年7月の早朝に東和歌山駅前を撮ってから阪和線で天王寺へ向かった。
私鉄電車ファンで鉄仲間の IさんとMarimoさんの二人に梅田駅で合流。
この時は関西私鉄を撮るのが目的で、私にとって関西大私鉄訪問はとても珍しいことであった。
この時のことは全く記憶になく、乗車券出費メモからすると阪急京都線を桂あたりで撮ったようで、
その前に京福嵐山線のこんな光景が写っていた。


四条大宮   1964.07.10



ダイハツ・ミゼットMP4型


専用軌道区間を走る嵐山線

三条口で京都市電西大路線と交差する.

三条通りを島津製作所前を行く

8 件のコメント:

Cedar さんのコメント...

嵐山線の低く構えた連結器とポール、ヘッドライト横のジャンパー線、そして楕円形のナンバープレートなど、古都にふさわしい電車でした。
拙ブログも趣は違うものの、偶然京都ネタでした。

katsu さんのコメント...

Cedarさん、
低く構えた連結器の表現がなんとも言えませんね。
昭和26年の映画に出てきた昔の京都の電車場面を拝見しました。
戦後まもないこの時代は私にはとても手の届かない時代です。
私が撮った頃はずっと後でしたが、街には車少なくやたらミゼットが目につきました。
この頃の街の風景は1960年代真っ只中、何撮っても面白かった事でしょう。

chitetsu さんのコメント...

嵐電は独特のしつらえが多く個性的な電車ですね。
電車のまわりに写り込んだ京都の街の風景や車やトリスの段ボールを括り付けた自転車などにも目が行ってしまいます。
島津製作所をバックにした写真、自分の記憶ともラップして懐かしく拝見しました。

katsu さんのコメント...

Chitetsuさん、
京都の街もこんなだったのですね。
こんな光景はスキャンするまで全く判りませんでした。
この頃は地方都市だけでなく大都市でもこんな光景はいくらでも見れたのでしょう。
この時の京都はどこをどう歩いたのか記憶になく、
島津製作所の社紋が目にとまり、やっと撮影場所の正確な位置が分かりました。

もったぷら さんのコメント...

はじめまして、ぷらもったです。日本の1960年代のプラモデルのブログやってます。ミゼットのプラモのレポートを準備していますが、こちらの写真を掲載してもいいでしょうか?引用ページ・ブログの紹介もいたします。
よろしくお願いします。m(..)m
ヤフーブログ「押し入れのプラモ」
http://blogs.yahoo.co.jp/airblue1223/folder/1853746.html

katsu さんのコメント...

もったらぶらさん
貴ブログ拝見しました。懐かしいクルマのプラモはお宝ですね。
1960年代前半の国産車幕開け時代のクルマが輝いて見えます。

ブログに載せたミゼットの写真は大型ブリキモデルの箱にも使われました。
この写真の使用は出典の記載を条件に了解致します。
こちらでミゼット記事を書くような時がきましたら参考にさせてもらいます。

もったぷら さんのコメント...

ぷらもったです。
「ミドリ ダイハツミゼットMP4」(1961)のレポートをブログに書きました。
画像を借用し、出典も記載いたしました。ご覧いただければ幸いです。
ありがとうございました。
ヤフーブログ「押し入れのプラモ」
http://blogs.yahoo.co.jp/airblue1223/68364935.html

katsu さんのコメント...

もったぶらさん
ヤフーブログ拝見しました。
よくまあ昔の部品を集めたものと感心しました。
プラモのMP4が1/18でしたか。
この寸法から手持ちのミゼットを測ったら
ブリキモデルが約1/11とプラモデルが約1/32でした。