案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2011年7月4日月曜日

豊橋鉄道 渥美線の車両1

何の変哲もない地方私鉄 豊橋鉄道渥美線。しかし今になって車両を見てみると当時(昭和38年)の車両は実に変化に富んでいた。気動車くずれの制御客車が組み込まれる等は地方の電鉄でよく見られたが、古典電車と組んだ編成は一段と魅力的である。こんな豊橋鉄道の車両めぐりをやってみました。


豊橋駅脇にある新豊橋駅から出ていた.  1963.4.4

朝一番の列車

高師駅の素晴らしい電車  ポップアップ画像

気動車くずれの制御客車 ク2280形(元三河鉄道キハ150形)  高師車庫


渥美電鉄開業当時からの古典電車 モ150形152+151.  高師

2 件のコメント:

ねこあたま さんのコメント...

幼少の頃米子にいましたの、母方の大叔母の家に行くとき法勝寺電車に乗ったことがあります。
後年、1990年代の改築前の三河田原駅に行ったときデジャブー感に陥ったのは、国策で
廃線にさせられた田原駅と、金策つきて延長を断念した法勝寺駅が重なったからだと思うのです。

歴史に「もし」は禁物ですが、伯備線が法勝寺電車を買収する形で延長されていたらどうなったかと
思うときがあります。

katsu さんのコメント...

ねこあたまさん
幼いころに法勝寺線に乗ったとは貴重な体験されましたね。
私は米子で写真を撮っただけで乗ったことはありません。
私が見たサブロクゲージ私鉄の中で法勝寺線は最高の路線でした。
法勝寺線も渥美線も延長予定区間を歩いてみて、
延長されていたらの風景を想像するのも楽しいでしょうね。