案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2011年7月13日水曜日

土佐電 南国土佐のはりまや橋

昨年6月5~7日にアップしたBlogger旧バージョンの土佐電気鉄道の軌道線と安芸線のページを
新バージョンとし内容をリニューアルして差替えます。

高知駅前. 1969.5.5
高知駅前と市中心部の「はりまや橋」を通って桟橋通五丁目を結ぶ桟橋線には、単車300形が次々とやってきた。この駅前風景の41年後、現在の駅前はすっかり整備され広々とし日中のせいか通りに人の姿も見掛けない。↓青蛙さんから最新画像を提供戴きました。
現在の高知駅前 2010.8.17 撮影:青蛙氏  ポップアップ

シュロのある駅前通りを行く 「さんばし」行きの単車.1969.5.5

はりまや橋の交差点


 はりまや橋電停. 1969.5.5  ポップアップ
新入りサラリーマンでも車が買えるようになった時代で、日本中が急速に車社会へ突入した.

高知中心部の賑わい. はりまや橋電停    ポップアップ

終点の桟橋.1969.5.5     ポップアップ
路面電車の終点桟橋は海辺の駅で、岸壁に単車が止まっている。高知の浦戸湾は、工場地帯から吐き出された排煙で高度成長期まっただ中の光景であった。

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