1983(S58)年6月に廃線となった東武熊谷線(妻沼線)。高崎線熊谷から利根川の手前 妻沼まで走っていた。一体いつここを訪問したのか、乗車券を見ると昭和56年7月18日で廃線2年前であった。1960年代はとっくに過ぎ、もうこの頃は地方私鉄を撮りに行くことはなく、たまに車で近場を撮りに行く程度であった。
熊谷線は大変地味な東京近郊の路線で、話題になることも少なかったようだ。車両も沿線風景もファンにとっては実に単調な鉄道で、こうして画像を並べてもアクビが出てくるような刺激のない鉄道であった。
ここの東武キハ2000形3両は、鹿島鉄道の人気者キハ431と432(元加越能)と同型とのことだが、これと較べ東武キハが全く人気がない理由は、カラーリングと2灯式ヘッドライトにあったようだ。
ブタ鼻(ライト)の白ブタとは良く言ったもので、カラーリングでももう少し配慮されれば、もっと注目されたことだろう。
変色前の切符
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| 畑の中を行く2連のキハ。 実物はもっと黄色がかったクリーム色だった。 1981.7.18 |
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| 畑が連続する沿線風景。 |
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| 画像追加: 妻沼駅の木立 |
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| 駅前には東武交通労働組合の熊谷線廃線反対の看板が。 |
駅前には商店が数件あるだけで中心街から離れていたようだった。
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| 車庫の内部。 |
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| 妻沼の機関区。利根川の土手がすぐそこに。 |
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利根川に向かった線路がこここで途切れ、その先に
利根川を渡る計画だった築堤が残っていた。 |