案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2012年7月3日火曜日

淡路交通 島の電車 福良

淡路交通観光パンフレット  1965年8月

神戸や和歌山深日から船便が到着する島の玄関口洲本から50分ほど電車に揺られると終点福良に到着する。福良駅の正面は阿淡汽船の連絡船や鳴門観潮船が待ち受けている福良港で、海を見下ろすような駅を想像していたが駅は福良港のど真ん中にあった。

まだ明石海峡大橋が無かった時代は神戸や和歌山深日から船で洲本へ渡り、電車で福良港まで行き鳴門の渦潮見物が関西からの観光ルートだったのでしょう。しかしこの頃は洲本~福良間の道路も整備されバスが並行し鉄道は役目を終えようとしていた。

ところでこの時の淡路行きは、前日の朝6:32上野発長岡行鈍行で直江津に向かい、そこから大阪行き鈍行で翌朝6:25大阪着という列車旅を楽しむ変則ルートであった。大阪で朝の快速80系に乗り明石へ向かい、明石港から船で岩屋へ渡り、そこから満員の急行バスでやっと洲本に到着した。

洲本から50分ほどで到着した福良駅.隣にはバスターミナルがあった.1965.08.02

右手の二階建が福良観光ハウスで、路線バスや連絡船の待合室そして観潮船のりばになっている.


海が目前の福良駅全景


駅の待合室の向こうに電車が待っている 


船から見た福良港.鉄塔の下に福良駅と福良観光ハウスが見える.

淡路交通 観光パンフレット

3 件のコメント:

toshi さんのコメント...

katsuさん、こんばんは。

淡路島と言えばこんなHPが有りますが、既にご覧になられましたか?
淡路交通のこととか廃線時の様子が詳しく紹介されていますが、惜しげもなく車両を解体しているのを見ると悲しさがこみ上げてきますね。

toshi さんのコメント...

うっかりしてURLを書き忘れていました。

http://www.wind.sannet.ne.jp/shimada/index.htm

katsu さんのコメント...

toshiさん、URLありがとうございました。
このHPは初めて拝見しました。
各駅が撮られていて大変に参考になります。
それにしても時代を感じさせる生々しい写真ですね。
解体の写真はあまりに悲惨で正視できないくらいです。
この前年にあんなに美しい姿で活躍していた電車がこんな最後を迎えるとは・・・。
何両かが保存されていれば慰みにもなるのですが水間への移籍含めて全滅したようですね。