案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2012年7月21日土曜日

最上川を北上する

米坂線の今泉を後にして国鉄長井線に沿って北上すると荒砥が終点となり、更に最上川沿いに一路月山へ向けて北上を続けると、山形から26Kmほど北西に引っ込んだ国鉄ローカル左沢線の終点左沢に到着した。左沢の5月は丁度花の満開シーズンで春の雪山に囲まれ最上川うねる風光明媚な素晴らしい土地であった。


蒸機の煙が立ち上るローカル風情溢れる左沢駅  1971.05.03


朝日連峰を背景にC11の貨物列車が左沢を発車する.


桜と雪山を眺め、素晴らしき東北5月のお花見




左沢構内のC11

月山へ向かう道は左沢線の羽前高松から出ている山形交通三山線に沿って走る.


左沢から山形交通三山線は近い.夕暮れ時の寒河江川を渡る三山線電車

2 件のコメント:

Cedar さんのコメント...

山交三山線は不思議な電車ですね。非電化ローカル線の途中から電車が分岐していたのですから。羽前高松の駅舎などもユニークでしたね~なんて・・実は写真でしか知らないのです。

katsu さんのコメント...

国鉄ローカル線の途中から分岐していた三山線を私は超ローカル私鉄のイメージを勝手に描いていました。
しかし訪問した頃は過疎地のイメージはあまりなく山形から鶴岡に抜ける主要道路が通る予想外に開けた沿線でした。