案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2012年4月3日火曜日

筑波山の遠足

1959年5月に上野から常磐線の列車に乗り筑波山へ遠足に行ったことがあった。土浦でロッド式機関車に交換され国鉄客車はそのまま筑波線へ乗入れて左へカーブして行ったのを今でも覚えている。
途中交換駅にいたクリームとブルーのツートンに塗られたキハ311(元国鉄40000)や窓が小さくブサイクなキハ305など、地方私鉄の実物に初めて出会ったのがこの筑波線であった。地方私鉄好きはこれが決定的となり、カメラを買ってもらって初めて撮りに行ったのも筑波線であった。

 
遠足の3年後に初めてのカメラで撮ったキハ311と305 真鍋 1962年3月
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筑波駅 1978.11.5
それからずっと後、1978年に筑波駅で国鉄旧型客車を牽いた乗入れ列車がまだ走っていたが、
あの遠足で乗った国鉄直通列車とはこれだったのでしょう。

筑波 - 北条
この時の牽引機は筑波線のセンターキャブDD501(1954年製)ではなく、
キャブが片寄った常総線のDD502(1956年製)であった。

筑波駅で出発を待つ国鉄直通列車.
筑波山を背後に走る直通列車. 筑波 - 常陸北条 1978.11.5
この9年後1987年に筑波鉄道は消えてしまった。

鉄道なき時代が続いた後、つくばエクスプレスの開通と軽登山ブームで筑波山観光は大きく変わる。
筑波観光鉄道「筑波山ケーブルカー」「ロープウェイ」は週末になると長蛇の列が出来るドル箱路線に。
営業係数のランキングで東海道新幹線等と並んで筑波観光鉄道が4位にランクインには驚いた。

2 件のコメント:

青蛙 さんのコメント...

1959年5月に上野から常磐線の列車に乗り筑波山へ遠足に行ったことがあった。同じ学園でしたね、このときは写真を撮り損ねていたので懐かしい写真です。牧歌的な風景が広がってロッド式DLがまたいい感じだ。

katsu さんのコメント...

青蛙さんとは同じ学園で伴に筑波山遠足に行ったのに、まさか車内に鉄マニアが居るとはお互いに知らなかった。
カメラなど持てなかった時代で遠足の写真すら無く、この時代の筑波線の光景は脳裏に焼き付けるしかありませんでした。
数年後の急速なカメラ普及がもう少し早かったら筑波線も貴重なシーンが撮れたことでしょうね。