1962(昭和37)年頃はまだ情報が少なく国鉄時刻表に正体不明の私鉄路線が載っていて、何の事前情報もなしで訪問する楽しみがあった。現地に行って始めてその正体を知る、日の丸自動車もその一つであった。
1962年夏、国鉄時刻表にあった「日の丸自動車・法勝寺電鉄」を頼りに山陰本線米子駅に降り、米子駅の地下道をくぐり反対側に出ると、「日の丸自動車㈱電車部米子市駅」の看板を掲げた駅があり、木造電車が朝一番の発車を待っていた。朝日を浴びたツートンカラーが強烈に記憶に残り、あの時の記憶に近いのがこんな色であつた。
(生成AIカラー化画像)
ツートンカラー以外の屋根などは記憶になく、ヒギンズさん写真集を参考にした。
(生成AIカラー化画像)
ツートンカラー以外の屋根などは記憶になく、ヒギンズさん写真集を参考にした。

1 件のコメント:
ここも間に合わなかった線です、池上の木造車やマッチ箱そのものトレーラーは見たかったです。確かどこかに保存車があるようですね。
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