案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2026年5月25日月曜日

京都市電 京大吉田寮

以前投稿したことがある、京大吉田寮が見える京都市電の風景。記憶から消え行く昭和44年の京都は、こんな空気感であった。

当時、京大吉田寮の2回生だった方からコメントを戴いた。その時代の記憶も重ねながら、AIでカラー化してみました。



背後に京大吉田寮の建物.電停 近衛通.1969.1.2

先日のコメントから。
1969年1月2日、私は吉田寮生で2回生でした。この年は学生部封鎖から大学紛争に入り、今では考えられない時代でした。寮費は月100円、寮食堂は生協食堂より安くて美味しく恵まれていました。下宿代は1畳が1000円の時代でしたので、奨学金とバイト代で月1万円あれば何とか過ごせました。当時の写真は何もなく、アップして下さる市電の写真で昔を思い出しています。

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