案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2026年5月16日土曜日

朝の一番電車

「朝の一番電車」日の丸自動車 法勝寺電鉄 1962年夏

1962(昭和37)年頃はまだ情報が少なく国鉄時刻表に正体不明の私鉄路線が載っていて、何の事前情報もなしで訪問する楽しみがあった。現地に行って始めてその正体を知る、日の丸自動車もその一つであった。

1962年夏、国鉄時刻表にあった「日の丸自動車・法勝寺電鉄」を頼りに山陰本線米子駅に降り、米子駅の地下道をくぐり反対側に出ると、「日の丸自動車㈱電車部米子市駅」の看板を掲げた駅があり、木造電車が朝一番の発車を待っていた。朝日を浴びたツートンカラーが強烈に記憶に残り、あの時の記憶に近いのがこんな色であつた。
(生成AIカラー化画像)

ツートンカラー以外の屋根などは記憶になく、ヒギンズさん写真集を参考にした。


朝日を浴びたツートンカラーが強烈な印象であった。
車体幅が狭い木造電車(元池上電鉄 日車 大正11年製)はデハ201と203がいて、写真はデハ203+フ51.


1 件のコメント:

Cedar さんのコメント...

ここも間に合わなかった線です、池上の木造車やマッチ箱そのものトレーラーは見たかったです。確かどこかに保存車があるようですね。