案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2013年8月13日火曜日

マイカー時代の幕開け

日本のマイカー時代の幕開けは何時だったのか東京モーターショウから確認してみました。
東京オリンピックが開催された翌年の1965年は、高度成長の所得倍増政策が1960年にスタートして5年が経ち、次の高度成長躍動期がスタートした年でした。この年の秋に晴海で開催された「東京モーターショウ1965」には夢のマイカーを見ようと多くの人々が押し寄せました。
この年の展示はプロトタイプやレーシングカー、スポーツカーが多かったようで、大衆車ではスバルを除けばその後直ぐに消えてしまったような車ばかり。まだまだマイカー時代の幕開けはこの先のことでした。

東京モーターショウ1965   日野コンテッサ1300 1965.11.04

 日野GTプロトタイプ

 ホンダN800
ダイハツ
スバル


ところが翌年の「東京モーターショウ1966」になると、それまで決定打がなかった大衆車にサニーとカローラが登場し、いよいよ本格的なマイカー時代の幕開けとなった。学生だった私にとってマイカーは遠い存在でサニーもカローラも関心がなかったのか写真もなく微かな記憶だけでした。

東京モータショー1966の人々の熱い眼差し.   1966.10.30

日本がこんな華やかな時代になっても、この頃の地方はまだ未舗装道路で街外れの道路はホコリまみれの世界.並行する主要道路の整備が進んだところでは早々とバスへ切替え廃線となった地方私鉄も多かった.

 遠州鉄道奥山線の沿線はどこもホコリが白く漂っていた.1964年3月 1964年廃線

祝田駅の向こうに漂う道路のホコリ. 1964年3月 1964年廃線

淡路交通の沿線は道路のホコリで草木の緑も真っ白になっていた.1965年8月 1966年廃線
日本のどこにでもあった風景.

オリンピック開会式の日の横浜駅前の車. 1964.10.10 横浜市電は1972年全廃

4 件のコメント:

lodgershinmeishrine さんのコメント...

Katsu様より、少し年下の私はこの横浜駅前の景色の二軸路面電車が前後にガクガク揺れながら走るのを横目で見ながら、高校に通っていました。高度成長で自動車が急速に増えて、同時に大渋滞と排煙公害が増えて行った頃です。まるで現在の中国等の発展途上国と同じでした。どの国でも(もしかすると人でも)通る道は同じなのかもしれませんね。

katsu さんのコメント...

lodgershinmeishrineさん
この広々した駅前はは桜木町と思っていたら看板を見て横浜駅前であることが分かりました。
横浜駅前も自動車が増えてきた頃でしょうか。
単車の市電が走る横浜で、この頃高校生だったということはまさにアニメ「コクリコ坂から」の高校青春時代ですね。
道路は整備され街は綺麗になってきても排煙排ガスの公害がひどいものでしたね。
そんな日本がほんとうに綺麗になったものです。

Cedar さんのコメント...

モーターショーの熱気と電車の対比。お見事です!

katsu さんのコメント...

Cedarさん
この頃は地方私鉄の敵であったクルマは大嫌いだったのに・・・
次第にクルマに熱中していた私です。
あの時のモーターショウの熱気はクルマを使ったレジャーが花開いた時代でした。
地方私鉄沿線のホコリ道、これが日本の姿でしたね。