案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2011年7月15日金曜日

土佐電 ごめん行き電車1

土佐電気鉄道 軌道線の後免線は、高知市内のはりまや橋から南国市の中心となる後免町まで10.9Kmの路線で、鉄道線(安芸線)乗入の安芸行き直通列車も走り、ローカルカラー溢れる魅力的な沿線風景など変化に富んだ路線であった。


後免線の高知市内風景.  1969.5.5
ごめん行きの電車はこんな市内風景を抜けて国分川を渡り高知市の郊外に入ると一変し、川や小高い丘や田畑に沿って曲がりくねった道路を行く併用軌道区間が暫く続く。

特に明見橋あたりは花巻電鉄鉛線のような軒下かすめる軌道線のムードがあり、未舗装の併用軌道がローカルカラー満点であった。こんな楽しい併用軌道区間を電車はごめんへ向け進んで行く。

ごめんへ向かう電車  1969.5.5

安芸線直通の急行安芸行は後免町から鉄道線26Kmを走る.北裏付近

明見橋電停.電車が来ない時は軌道は歩道になるのだろう.

明見橋電停.店の前が駅で電柱に駅名が表示されている.

明見橋電停の裏には小川が流れ、川と田圃が軌道に接近する.     ポップアップ




















長崎電停のごめん行き電車. 高知市もこの辺りまで.

2 件のコメント:

Cedar さんのコメント...

土電後免線のムードが伝わってきますね。昭和55年ごろ訪問して、明見橋~北裏辺りで私も撮影しました。道路は舗装されていましたが、ムードはお写真の時代とそんなに変わっていなかった気がします。

katsu さんのコメント...

Cedarさん
土佐電後免線で、私は明見橋~北裏あたりが一番気に入りました。この区間が今も残っているのが楽しいですね。時の経過で風景は変われど当時の面影はいろいろと残っていることでしょう。