案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2010年12月3日金曜日

東野鉄道 橋が流されて

前回の東野鉄道で、台風被害で西那須野~大田原間の区間運転を紹介しましたが、大田原から先の不通区間について触れてみます。  1966(S41)年12月30日訪問。

大田原駅を出るとすぐに蛇尾川の鉄橋で、この橋梁が1966年9月の台風により破壊され、その復旧工事中であった。大田原から先の不通区間は中田原、金丸原、白旗城址前、そして終点黒羽となる。たどり着いた黒羽駅に客は居ず、動かない車両達で静まり返った駅はまるで廃線直後のような光景であった。


復久工事中の蛇尾川鉄橋  1966.12.30


不通区間の駅 中田原。
お知らせには「1月5日の初列車から運行します」とあった。


この先、那珂川に沿って那須小川まであった区間は1940(S15)年に撤去された。黒羽


黒羽の構内からは遠く那須の山並みが望める。 黒羽 

午後の陽を浴び、静まり返った黒羽駅
今も残る農業倉庫(左手奥)を基準すると、この当時の駅は今のホームセンターあたりか?

黒羽駅

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