案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2010年12月13日月曜日

廃線間際の九十九里鉄道 1

1961(S36)年2月28日に消えた憧れの九十九里鉄道。
私は九十九里には行ったことがなく、高校の同級生だった飯島巌(故人)さんが廃線間際に撮ったもので、ご家族の了解を得てアップします。

当時、私はまだカメラを持っていなかった。同級生にまさか九十九里鉄道を撮りに行く鉄道ファンが二人も居るなど思いもよらず、独りで行くには九十九里は遠い地であった。
飯島さんからプリントを貰い大事に保管していたもので、上総片貝の待合室で撮られた1961年2月21日付の「廃線のお知らせ」からすると、廃線数日前の撮影と思われる。
飯島さんのカメラアイは10代半ばにして素晴らしく、愛らしい車両が走っている光景や、駅の光景など九十九里鉄道の日常を切り取っている。この当時から車両写真ではなかったのだ。
この数日後には全てが停止し消滅してしまった九十九里鉄道最後の日常光景。

小さな単端キハ103が3両も牽いてノソノソ走る。  家徳 1961年2月

キハ103 に牽かれるケワ + ハニフ + ケハフ301。ボギー貨車で運ぶ荷物がどの程度あったのだろうか。  家徳

終着駅上総片貝の駅前風景。
併走する東金~片貝間のバスを増発することで廃線が決定。

終着駅上総片貝 発車を待つキハ104


単端式ガソリンカーは運転手と女性車掌によって方向転換される。
生活感溢れる洗濯物や布団は、ここに駐在する人のものか。 上総片貝

撮影:全点 飯島巌氏

10 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

懐かし写真です。当日は、高校の校長先生の葬式で休校になったため、2人で出かけることとなっていました。しかし、小生は腹痛で不覚にも遅れを撮りました。しょうがなく
富士急と改まったばかりの鉄道見学となりました。
今思えば、3時間遅れでも九十九里似行けばよかったなあと悔やんでいます。
いずれにせよ、飯島君の写真がアップされたことは大変うれしく思います。青蛙

katsu さんのコメント...

青蛙さん。
当時は、同級生にこんな「もの好き」が居るなんて考えてもみませんでした。
軽便好きが私の他に二人も居たわけで、素晴らしい環境でしたが、お二人を知ったのは卒業間際でした。
その後は一緒に撮りまくりましたが、もっと早くお二人を知っていたら、この時代の草軽などへも行っていたでしょう。
それにしても飯島さんは高校生で既に情景を撮っていたのですね。私はそれに気付くまで車両を大きく撮り過ぎて随分フィルムを無駄にしています

Cedar さんのコメント...

私の知っている九十九里鉄道は、すでにバス会社でした。片貝には一度海水浴に行きましたが、バスの中から廃車体らしきものを見かけた記憶があります。

katsu さんのコメント...

Cedarさん。
コメントありがとうございます。
片貝は昔から海水浴場で栄えていたようですね。昔の海水浴シーズンは小さな車両がフル稼働だったとか。
私もバス時代になってからの九十九里鉄道自動車線しか知りません。
バスの中から見られたのは、きっと東金駅に放置された廃車体でしょう。永く放置され最後は朽ち果てて悲惨なものでした。

匿名 さんのコメント...

初めまして。素晴らしいサイトですね。60年代は日本の鉄道にとって一番面白い時期だったのかもしれませんね。こういう軽便鉄道が走っていた時代にロマンスカーのようなものも走っていたわけですし。当時これらを見られた方々を羨ましく思います。

katsu さんのコメント...

匿名さん
コメントありがとうございました。
1960年代は昭和30年代始めの残影を残しながら、この10年間で大きく変貌して行った時代と思います。鉄道も新しいものとそれ以前が混在した確かに面白い時代でした。
当時はそんな感触はそれほど無かったもので、長い歳月が面白さを感じさせてくれました。
今の当たり前も、これからの長い歳月で面白くなるかも知れません。

lodgershinmeishrine さんのコメント...

katsu様
お久しぶりです。
youtubeの「Diesel Express 1960 1/2」という動画の3分35秒時点に九十九里鉄道のガソリンカーと思われる車両がカラーにて上映されています。当鉄道の車両の色をご存知でしょうか?鑑定をよろしくお願いします。
1/2と2/2に別れており、大変にきれいな映像で、一見の価値ありと思います。

katsu さんのコメント...

lodgershinmeishrineさん。
ごぶさたです。
さっそくYoutube「Diesel Express 1960 1/2」の3分35秒時点で
7秒間の九十九里キハ102を見てみました。
よくこんな鮮明なカラーの動画が残っていたものです。
私は現役の九十九里を見てないのと、写真やPC画面では発色が微妙であり
本物の正確な色は判りませんが、この動画ほぼイメージ通りではないかと推定します。

Port Ford さんのコメント...

素晴らしい写真ありがとうございます。
初めて九十九里鉄道を知ったのはバス会社としてです。鉄道が無いのになぜ、鉄道と名乗るのか不思議でした。その後、千葉市内に鉄道連隊があることを知り、軽便鉄道が九十九里の大地を走っていたことを知りました。
現在の九十九里有料道路がその名残でしょうか。
前進しかできず(実際はバックギアがあったのですね)終点で回転台で「人力で」方向転換していたことを本で知りました。しかも、女性車掌さんが!
エアコンも、リクライニングシートも無い車内でも、さぞ楽しかったでしょう。
飯島様の写真は単に鉄道写真の枠を超え、風物、世相を映しているようで魅力的です。

katsu さんのコメント...

Port Fondさん
コメントありがとうございました。
九十九里鉄道とそれが走った土地に今もロマンを感じます。
海辺の土地に小さな鉄道がよくマッチしていたせいでしょう。
東金から片貝まで今の県道25号の道筋に昔を残していると思います。
失われた鉄道のすべてが楽しく、年々その想いは強くなっていくでしょう。
もし九十九里鉄道の復刻版ができたなら、どんなイベント列車よりも楽しいことでしょう。
飯島さんの私鉄めぐりは、沿線を歩いて撮影ポイントを見つけて撮るがポリシーでした。