案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2013年12月29日日曜日

大晦日の金沢

学生時代の年末年始の冬休みは絶好の撮影チャンスで、夜行で出掛けて撮り歩き夜行で正月の東京に戻るのを毎年繰り返していた。その中で特に印象深いのが1964年の北陸鉄道めぐりで、年末になると思い出されるのが大晦日の金沢の風景である。
北陸鉄道めぐり最終日が金沢市内線で、大晦日の金沢の街は人々がせわしく行き交い、廃線2年前であったが市内線の停留所には客が溢れていた。もし金沢に市内線が残っていたら今でもこんな光景が見られたかもしれない。

近江町市場の買い物客で賑わう中心部「武蔵ケ辻」の大晦日.1964.12.31

橋場町分岐点

5 件のコメント:

Cedar さんのコメント...

金沢の街は大きさや町の構造からも、電車が残っていて欲しい街でした。
経営の考えや行政の無理解など、岐阜や名古屋と同じですね。

青蛙 さんのコメント...

Cedarさんと同じ意見です。金沢の伝統的な街並みと石川門、兼六園の通りを走る姿が見たいものです。事業主体の経営もさることながら車社会を優先的にして道路を広げ交通を便利にした反面、排ガスや環境汚問題となると思います。この対策にずいぶん費用が掛かります。環境にやさしい路面電車。金沢でもう一度見たいものです。

katsu さんのコメント...

Cederさん、青蛙さん
金沢の街の大きさや構造はその通りですね。
街めぐりは路線が判り易い路面電車に乗ってそこから歩くのがが便利と思います。
広島、松山、長崎、熊本、鹿児島など路面電車が生活でも便利な足になっていると思います。
金沢は路面電車を失い惜しいことをしました。
都市では車社会の優先はもう終わりにして、
これからの人や環境を最優先にした街づくりに先進的路面電車は主役になると思います。

代打・山本 さんのコメント...

金沢に路面電車を復活させる案は、これまでにも何度も出てはいながら具体化することなく終わっていますが、先日ひとつの動きがありました。
25日に当地の市議会議員が開催した講演会で、講師の京都大学大学院の教授から、非戦災都市の狭い道幅であればこそ効率的な交通システムの導入が求められ、多くの主要道はLRTを走らせても車線に余裕があるとの見解が示され、同日に来年度の当初予算編成に向けた要望書を提出する席で、市議会与党の会長から市長に対し、すぐにでもLRTの導入を検討して欲しいと要請したというものです。
両隣の富山と福井では今後数年の間にライトレールと市内線の接続、えちぜん鉄道と福井鉄道との相互に乗り入れが行われますが、公共交通の利便性向上でクルマの利用が減れば道路の渋滞も少なくなり、ふだん電車やバスを利用しない人たち(すなわち地方都市での大多数)にとってもメリットが大きいはずです。

katsu さんのコメント...

代打・山本さん
金沢のLRTの情報ありがとうございました。金沢にこんな動きがあることは知りませんでした。
私が漠然と考えている事などは、金沢に限らず多くの都市でとっくにLRTの議論や検討がされているようですね。
年末に北関東の街を幾つか歩きましたが、車社会の「ドアtoドア」の便利さ、車利用による大型店の買物の便利さ、こんな車社会の行き過ぎで、賑わいあるのは大型店の無機質な空間だけで、バス停の賑わいすら消えた大通りに人はパラパラでひっそりとしていました。
昔は年末ともなればどこでも街に賑わいや活気があったのは公共交通が利用されたためでしょう。
北陸2都市で進められている公共交通の利便性向上には期待したいものです。