案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2013年10月6日日曜日

第9回 軽便鉄道模型まつり-1

昨日の軽便賛歌講演会に引き続き本日開催された恒例の「軽便模型まつり」に行ってきました。
前回は行けなかったので2年ぶりの軽便まつり見学でした。今回お目当ての一つが草軽Oナローモジュールで、講演「くさかるの魅力」と相俟って作者の草軽への思い入れがひしひしと伝わって来る作品でした。

作者 鉄道青年(小林)さんは小学生の時に東金の解体現場で車両の残骸だけでも九十九里鉄道が見れて衝撃を受けたそうで、熱烈な九十九里ファンでもあります。私も草軽と九十九里は軽便でも別格な存在を感じてしまいます。

Oナロー1/48 草軽 東雲(しののめ)駅 TMS No.850の表紙を飾った名場面.鉄道青年さん製作

TMS製作記事によるとレールはマイクロエンジニアリング製コード83(75?)のOナロー用フレキレールを使用。今回は各作品でどんなレールが使われているのか観察してみました。
まだまだ盛りだくさんあった力作は後ほどに。

2 件のコメント:

lodgershinmeishrine さんのコメント...

相変わらず、レールと枕木(その太さと間隔)にこだわりがあるのですね!実物のナローゲージの枕木の細さと不規則なまばらな状態は製品化出来ないのではないか?と、かつて、ベニヤ板をはがして、ナイフでカットして枕木を作り、手で並べて、レールを押さえるためにラジオペンチで犬釘替わりのホチキス半分を押し込んだ私は思います。

katsu さんのコメント...

odgershinmeishrineさん
その通りで、私の変なこだわりで誰も見ないようなところ?を観察させてもらいました。
私は市販フレキレールを加工していかにナローのイメージに近づけるかの妥協で、枕木製作とスパイクの完璧さは諦めています。
ナローの線路はトロッコものを除けば枕木間隔の不規則はそれほどではないと思っています。
ただし、その路線の枕木間隔のバラツキまでは把握していないので市販フレキレールをどの辺で妥協するかが一番悩ましいところです。