案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2013年5月27日月曜日

日立電鉄 元神中鉄道の三角電車

相模鉄道からやってきた電車は元小田急のモハ1000形(1001~1009)と 元神中鉄道(後の相模鉄道)元旧相模鉄道の三角電車モハ13形4両(13~16) がいた。
写真は前面の傾斜が切妻タイプに変更された後の姿である。昭和10年汽車会社製の電気式ディーゼル車として生まれた神中鉄道 旧相模鉄道(現JR相模線)キハ1001~1004がルーツで、戦後になって発電用エンジンを外し電車に改造されたそうで、大変珍奇な前歴の電車である。
昭和23年に相模鉄道から日立電鉄へ譲渡され、その後1965(昭和40)年にあの三角電車の外観は切妻タイプに改造されている。1997(平9)年に全廃となった。

撮影: 兄 撮影日不明
モハ13形(15) 鮎川.すぐ脇を常磐線が走る街外れの終着駅.

元小田急車に挟まれて使われたサハ2801(元相模サハ) 鮎川?
手前の立派な軌道は常磐線なのでしょう。

常磐線に接続する大甕駅に停車中のモハ13形.

 片側が貫通路付となっているモハ13形. 鮎川

モハ13形

ワールド工芸さんのNゲージ 日立電鉄 モハ13三角電車 (旧カラー時代)
ここまで超マニアックなものが製品化されるとは驚きました。
これが16番なら即買いたいものです。

4 件のコメント:

茂内クロ さんのコメント...

初めまして、いつも楽しく拝見しています。

「元神中」と書かれていますが、キハ1000は旧相模鉄道(現JR相模線)の車両です。

旧相模鉄道は神中鉄道を吸収合併しましたが、肝心の旧相模鉄道はすぐに国有化されてしまい、相模鉄道の名前は神中線に残ったことになります。

旧相模線は買収されたもののキハ1000は買収されず、神中線や東横線に改造転用されたのは系列グループのトップでのちに運輸大臣となった五島慶太の影響もあったのではないかと勘ぐってしまいます。




katsu さんのコメント...

茂内クロさん
ご指摘ありがとうございます。
元神中の元という私の表現がどこまでさかのぼった元なのかが曖昧でした。

1935年に製造されたキハ1000は元ではなく神中(現相模鉄道)、旧相模鉄道(現JR相模線)どちらをルーツとして生まれたのかのご指摘かと思います。1935年はまだ両者が別々の会社の時代でその後の買収改名で大変にややこしいところですね。
どちらの会社をルーツとするかは説が二つありご指摘の通りかもしれません。

茂内クロ さんのコメント...

昨日は失礼致しました。
茅ヶ崎出身なのでどうしても旧相模鉄道が気になってしまうのかも知れません。(さすがにその当時は生まれていませんけど)

だから改造された姿とはいえ、日立電鉄で現車と対面したときには妙にテンションが上がりました。

katsu さんのコメント...

茂内クロさん
日立電鉄モハ13形のルーツはご指摘の通りで、神中鉄道ではなく旧相模鉄道(JR相模線)が正解でした。神中鉄道がルーツの記載を訂正させて戴きます。
電気式ディーゼル車キハ1000の経歴については、あの湯口徹先生が書かれた記事がネットにあることを思い出しました。
改めてデジタル青信号の「相模鉄道キハ1001~1004」 http://drfc-ob.com/wp/archives/24166 を読み直してみると、
キハ1000は旧相模鉄道(現JR相模線)で竣功したもので、茅ヶ崎の車庫でキハが写っていました。
旧相模鉄道(現JR相模線)で竣功しその後電車化され、現相模鉄道に在籍してから日立電鉄に来るまでが解説されていました。
この複雑怪奇な電車に益々愛着が湧いてきました。