案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2012年5月8日火曜日

同和鉱業小坂鉄道線

東北の鉱山ナロー小坂鉄道は昭和37年10月に1067mmに改軌され、
私が訪問した昭和41年3月時点での鉄道名は同和鉱業小坂鉄道線(乗車券による)であった。
奥羽本線の大館から小坂線と花岡線が出ていて、ありふれた気動車と機関車の風景になっていた。
ナロー時代の小坂の客車は軽便とは思えない立派な体格で、転出先の越後交通栃尾線での
姿を2点添付してみました。

花岡ゆきと小坂ゆきの発車案内が表示された大館駅. 1966.03.05  クリックで拡大



花岡ゆきと小坂ゆきの発車案内が表示された大館駅. 


花岡線と小坂線が別れる.

小坂からやってきた貨物列車が凍りついた田んぼの中を走る.
 

大館駅構内の貨物作業


栃尾線に転じた小坂鉄道の客車5両。  長岡 1964.3.22

栃尾線に転じたホハ30 (元小坂鉄道のハ10)。 同時にやって来た他の5両とは外観が異なる。 悠久山 1964.3.22

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