私が訪問した昭和41年3月時点での鉄道名は同和鉱業小坂鉄道線(乗車券による)であった。
奥羽本線の大館から小坂線と花岡線が出ていて、ありふれた気動車と機関車の風景になっていた。
ナロー時代の小坂の客車は軽便とは思えない立派な体格で、転出先の越後交通栃尾線での
姿を2点添付してみました。
花岡ゆきと小坂ゆきの発車案内が表示された大館駅. 1966.03.05 クリックで拡大
花岡ゆきと小坂ゆきの発車案内が表示された大館駅.
花岡線と小坂線が別れる.
小坂からやってきた貨物列車が凍りついた田んぼの中を走る.
大館駅構内の貨物作業
栃尾線に転じた小坂鉄道の客車5両。 長岡 1964.3.22
栃尾線に転じたホハ30 (元小坂鉄道のハ10)。 同時にやって来た他の5両とは外観が異なる。 悠久山 1964.3.22
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