案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2012年5月9日水曜日

都電で通学していた頃1

4月26日に渋谷東口にオープンした「渋谷ヒカリエ」と云えば、
東急文化会館前にあった都電の風景を思い出します。
学生時代に渋谷東口から都電34系統に乗って通学していました。
この頃は地方へ頻繁に撮りに行っていたのに、何故か毎日お世話になっている都電は全く撮ってなく、
廃止が迫る昭和42年頃になってようやく撮った都電。


34系統(渋谷~金杉橋)   1967.12.03 クリックで拡大
34系統は1969年10月に廃止



6系統(渋谷~新橋)六本木行  10系統(渋谷~須田町) 須田町行
6系統は1967年12月、10系統は1968年9月に廃止


8系統(中目黒~築地) 渋谷橋で分岐して中目黒行へ向かう
34系統に乗って金杉橋方面へ向かうと渋谷橋で8系統と合流し小型の1200型が走っていた.

恵比寿のガード下をくぐる8系統 中目黒行 
8系統は1967.12.10に廃止

2 件のコメント:

Cedar さんのコメント...

katsu様の都電画像、やっと拝見出来ました。
感激です。

katsu さんのコメント...

Cedarさん、ありがとうございます。
都電は沢山の写真が世の中に紹介されていて
私が撮ったものには特に新鮮味はありません。
ほんのちょっとですが続けてみようと思っていますので
どうか宜しくお願いします。