案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2012年3月16日金曜日

銚子電鉄 海辺の終着駅

1963(昭38)年6月に訪問した銚子電鉄、あれから16年経った1979年のある日の夕方 終点の外川駅に立寄ったことがあった。元鶴見臨港デハ301や小さな2軸客車が健在で、傾いた陽を浴びた外川駅にはいかにも地方私鉄らしい風情が残っていた。駅舎は昔のままで、外川駅の文字がかすれていた壁面に真新しい看板が掛けられていた。
1960年代のヨレヨレの風景も70年代に入ると鉄道や街は急速に奇麗になって行ったのだろう。
更にそれから33年経った現在、外川駅にあの時の風情は残っているのだろうか。

外川駅  1979年4月
素晴らしい駅にツートンカラーの電車がよく似合う

 
 



遠い昔の風景 夏の日の外川駅.   1963.6.31 

遠い昔の風景  木造ポール電車デハ201. 凄い電車が走っていた.

8 件のコメント:

Cedar さんのコメント...

海辺の終着駅シリーズ(?)相変わらず素敵ですね。佇む女の子や電車から降りてくる人が空気感を強調してます~小さな電車や気動車が発車した後の静けささえ想像できますね。

chitetsu さんのコメント...

毎回、 楽しく拝見しています。
外川駅のまったりした感じ、 いいですね。
私も丁度ネガを見返していたとこで、 懐かしく思いました。
夏の昼間のジリジリとした陽射しの中で潮風が吹く、
みたいなイメージが私の中では強いです。

katsu さんのコメント...

cedarさん
いつもコメントありがとうございます。
海辺の終着駅シリーズは思いつきで後に続くかどうか判りません(泣)
電車や気動車が発車したあとの駅の静寂。そうなんです、それを私も感じていました。地鉄の行止まりは寂しい駅が多かったですね。

katsu さんのコメント...

chitetsuさん
ありがとうございます。
銚子電鉄は確かに夏の強い日差しと潮風のイメージを感じますね。そして夏休みで元気一杯の子供達の姿が目に浮かびます。四季折々の風情を感じさせてくれた海辺の小私鉄も今ではすっかり変わってしまったようです。
あの時代の地私はヨレヨレ?だけど輝いていたような気がします。

シゲちゃん さんのコメント...

katsuさん、こんにちは。
銚子は2009年に訪問していましたので、今回の63年と79年のお写真には感動しましたー!

79年の様子を拝見しますと、電車、人物のファッション、自動車は流石に30数年前を思わせるものですが、駅舎や周りの建物は今もそのままといった感じですね~(^^)

それにしましても銚子に限らず、当時の車両は凄いですね、タイムスリップして撮りに行きたいです。

今の時代の車両や沿線風景などを精いっぱい収めてゆきたいと改めて思いました。

lodgershinmeishrine さんのコメント...

katsu様、お久しぶりです。
貴方様の記録は全国に亘っておられて驚嘆します。私も、銚子電鉄の集電ポール時代に訪れました。短いですが、youtubeの拙チャンネルに201と301の動いている映像があります。私の鉄道動画撮影の初めての作品です。白黒なので車体の色を忘れていましたが、貴方様の写真で教えて頂きました。ありがとうございました。

katsu さんのコメント...

シゲちゃんさん
ありがとうございます。
外川駅とその周辺は2009年時点で79年当時そのままの感じでしたか。大きく変わったのは車両だけという事のようですね。

車両や風景の今を撮っておくと、遠い先、時代が変わって違った感じに見えるものです。撮ってから寝かしておく年月が長いほど味わい深くはまるでワインのようです。

katsu さんのコメント...

lodgershinmeishrineさん、お久しぶりです。
ポール時代の銚子電鉄の貴重な動画 拝見しております。初めての作品でしたか。
当時の車体の色は私もよく覚えていません。1979年のあの車体の色は変更された後かも知れません。その後、銚子電鉄の車体色は目まぐるしく変化し定まりませんね。

1960年代前半は次々と続く廃線情報に尻を叩かれ飛び出しました。あの時のパワーは何だったのでしょうか。それに比べ今では1社行くのも腰が重くて無精になったものです。