案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2012年1月1日日曜日

正月の京都市電

新年明けましておめでとうございます。
今年も「地方私鉄 1960年代の回想」をよろしくお願い致します。



正月2日の京福電鉄出町柳駅  1969.1.2 
駅には正恵方初詣 下鴨神社、比叡山スキー場、野沢スキー場などの看板が見える

1969(昭44)年の正月は京福叡山線を撮りに京都に来ていた。
正月の京都市電を撮りながら叡山線沿線へと北上して行ったが、たいした防寒着もなしでやって来て京都のあまりの底冷えに震え上がってしまった。地方私鉄めぐりで最も厳寒を思い知らされたのがこの正月の京都であった。

正月の京都市電風景   高野
好ましい500形526は1928年梅鉢鉄工所製でこの翌年全廃された.

叡電前で市電は京福電鉄叡山線と平面クロスする

京都市電は撮ったことも、市電のどこをどう歩いたのかも全く記憶になし。いつものようにチラッと写った電停名を頼りに日本鉄道路線図(1966年版 鉄道ピクトリアル)で位置確認をすると、その日の撮り歩きの行動が次第に分かってきた。京福叡山線を撮る前にけっこう京都市電を撮っていたのだった。
京都市電の廃止はこのずっと先で、9年後の1978(昭53)年であった。


岡崎公園前


近衛通


東一条


百万遍の交差点


高野

5 件のコメント:

Cedar さんのコメント...

あけましておめでとうございます。
私も正月の京都には何度か行きました。昭和40年代後半ですから、お写真のすこし後ですね。鞍馬の山に叡電の撮影に行ったら、残雪が残って良い雰囲気でした。
市電も幾度か撮りましたが、百万遍の交差点の渡り線の錯綜にびっくりしました。

katsu さんのコメント...

Cedarさん
明けましておめでとうございます。
叡山線の昭和40年代後半はまだポールの時代だったと思います。残雪の鞍馬を行くポール電車は素晴らしかったことでしょう。
私は鞍馬まで行く予定が、余りの寒さに岩倉で引き返し東京に逃げ帰りました。
この頃は防寒着が高価だったのか、私はスキーに行くにしても冬の鉄行きにしても粗末な防寒着でした。

デナ21 さんのコメント...

こんにちは.懐かしい京都市電.特に写真の東山線は日ごろからよく乗車した路線です.京都の市電の写真はよく見かけるのですが,ワンマン化されたあとのものが多く,掲載していただいているようなそれ以前の写真は案外少ないものです.500型や1000型そして900型など貴重な写真です.ナゼかというと私自身このようなワンマン化以前の市電に乗車していたからです.東山線の烏丸車庫所属の800型900型700型は間接制御車の高性能車で電制常用の高加減速車で他の直接制御車と走りっぷりが違っていました.

katsu さんのコメント...

デナ21さん初めまして。
大変貴重で嬉しいコメントをありがとうございました。
この頃に 京都市電に乗車されていたのですか!
私にとって京都市電は規模が大き過ぎて車両の事は判らなかったのですが、
他にも撮ってありますので当時の車両を並べて追加アップしてみようと思います。
この酷暑に厳寒の京都風景も面白そうです。

デナ21 さんのコメント...

katsuさん機会がございましたら記載していただきました他に撮影されました京都市電の追加アップをよろしくお願いします.この時代に乗車していた人々(自分も含めて)はもう還暦を済まされた方々と思います.
楽しみにしております.