案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2011年4月24日日曜日

鹿児島市電 鹿児島駅前

桜島と鹿児島駅前電停  1967.3.1

高い建物や木立もなく、やたら空が広い鹿児島駅前。
1960年代の九州では、どこの駅もSLが吐きだす煙で駅前の空が黒ずんでいた。
3月始めの春とはいえ、強烈な陽ざしが南国的で、噴煙を上げる桜島と
市電の標準カラー(橙と緑)が印象的であった。


国鉄鹿児島駅が見える。601

昔のカラーの601

607


鹿児島市電 標準カラーに塗られた203


鹿児島駅構内で忙しく働き、煙を吐き出すハチロク

2 件のコメント:

風旅記 さんのコメント...

こんばんは。
昭和40年代、もしタイムマシンがあったならば自分の目で日本の各地を見に旅してみたい、そう思わせてくれる時代です。
まだ生まれていない私にとっては知る由もない時代なのですが、本を通じて、写真を通じて、感じ取る時代の背景が本当に魅力的に映ります。
まだ蒸気機関車が走っていたのですね。鹿児島市電は今も同じ車両が走っているように見えます。街の造りはきっとだいぶ変わったことでしょう。それでも今に伝わるその土地の空気感、風どのようなものがあるように思います。
鹿児島市内には長く滞在できませんでしたので、またいつかゆっくりと町を楽しみに行ける日が来ることを楽しみにしています。その時には最新型の市電がたくさん走っていることでしょう。
お写真、楽しませて頂きました。
今後とも、宜しくお願い致します。
風旅記: http://kazetabiki.blog41.fc2.com/?pc

katsu さんのコメント...

風旅記さん
こんにちは。
貴ブログで鹿児島市電の今を拝見しました。
鹿児島の街もすっかり変わりましたね。これから先もどとどん今昔の差が開いていくでしょう。
それでも今に伝わるその土地の空気感・・・・、
これは全く同感で、遠くの山並み、陽のかげり方、空の雲、などその土地の空気感が残っていますね。
何も残っていない廃線跡を訪問した時など私はよくそのことを感じます。