案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2010年7月28日水曜日

北陸鉄道能登線3 真夏の羽咋

片側バケット付キハ5162+単車コハフ1501の列車が、羽咋を発車し田んぼの中をやって来た。並行する国鉄七尾線の線路が奥に見える。 羽咋 1962.08.02


羽咋川の鉄橋を渡った先を左にカーブし七尾線をオーバクロスし、能登の海岸線へと向かう。夏休
みで海水浴客なのか、車内は満員で気動車のバケットまで乗客が溢ふれていた。

港町にある「滝」駅。海が近い。真夏の炎天下、草生した駅が静まり返っていた。  


片側バケット付で車体が大きいキハ5201が顔を見せた。
滝駅を過ぎると能登の海岸に接近する。  滝

2 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

ご一緒させていただきましたが、このような風景があったとは、今さらながら驚きます。
当方は、オリンパスペンのみでしたからこのようなしっかりとした写真に嫉妬すら覚えるほどです。よい写真の連続で能登線も生きてきたようです。青蛙

katsu さんのコメント...

青蛙さん
昭和37年当時のネガは化学変化とカールが始まり、諦めていましたが、意外にしっかりしていました。
ネガのデジタル化もやっと軌道に乗ってきました。
昨日からブログ画面幅を拡げ、サムネイル640pix画像貼りつけを開始しました。
最大は500pix程度が良いのですが、一気に640pixになって大き過ぎますが・・・。