案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2016年4月8日金曜日

SLが走った市電 3

川崎駅前を出て京浜急行と並走する区間。
現在の川崎から想像もできない風景です。

撮影 田辺多知夫 1963.12.12
京急川崎駅からしばらく並走する川崎市電の専用軌道.

並走区間は工場地帯の風景

左に曲がり140号道路の併用軌道に入る.

三線区間を走る国鉄蒸機

京浜急行大師線デハ269と277 1963.12.12

特急あさかぜ 1963.12.12

4 件のコメント:

にわとり さんのコメント...

川崎市電!
顔の縦横比の影響でしょうか。
なにか独特の かわいらしさを醸し出していますね。
惹かれてしまいました。

katsu さんのコメント...

にわとりさん
そうですね。
川崎市電の電車は皆とぼけた優しい顔をしていますね。
オデコがツンツルの丸みを帯びているのも影響しているのでしょう。

lodgershinmeishrine さんのコメント...

久しぶりにコメントします。
京浜急行の沿線に住まいしていたlodgershinmeishrineは
この写真の3両編成が本線を走行していた時代を記憶しています。
真ん中の車両を選んで乗車した記憶があります。上段が黄色に下段が赤でした。
庭先で家族写真を撮影した時に、この3両編成が偶然にも通りかかり、
カラーで写っていた写真があったと思うのですが、今となっては所在不明です。
拙、フィルムも8mm,ネガ,ポジともに酸っぱくなっています。

katsu さんのコメント...

lodgershinmeishrineさん
写真のデハ230にクハ140を挟んだ赤と黄色の3連は大変な魅力ですね。私も子供の頃に横須賀の高台から見た本線を走る京急電車に憧れました。写真はあの時の230のままと思います。ところが車体更新で正面(顔)のヘッドライト、アンチクライマー、2段窓の特徴がすっかり一変してしまったのですね。道理でよく写真でみる赤いデハ230がピンと来なかったわけです。