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高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2025年2月18日火曜日

SLが走った市電 2

埋もれている過去記事を再編集してアップします。

川崎市電の過去記事より.公開日2016年4月1日

前回に続き今回は田辺さんが同じ頃に撮った川崎市電をアップしてみます。


【前回の記事】
川崎駅前から塩浜まで川崎の工場地帯を市電が走っていた。日本鋼管前~塩浜間は1435mm軌間に1067mm軌間が入った3線式区間で、国鉄のSL貨物列車が市電の線路を走る珍しい光景が見られた。
 訪問した翌年1964年3月に池上新田~塩浜間が休止になり、さらに1969年3月には全線廃止となって消えてしまった。日本鋼管浜川崎などこの一帯は工場構内・専用線のSLの宝庫であり、こうしたSLに較べ川崎市電は目立たない存在であったようだ。


撮影 田辺多知夫
川崎市電 1963.12.12



 川崎市電

三線式を走る国鉄C11

以下は前回アップしたもの.
市電とすれ違って3線式区間をやって来た国鉄のC11.   桜橋
2両目特殊貨車の拡大

4 件のコメント:

#9999 さんのコメント...

最後の写真でヨの後ろに見慣れない貨車が連結されていると思い調べてみたところ、1形式1両だけ製造された液化エチレン用のフレキシバン専用車「シキ1(2代目)」のようです。

Wikiによると、「新興駅常備の丸善石油所有私有貨車で、浜川崎駅から宇高連絡船経由で三津浜駅まで鉄道輸送し、そこから丸善石油松山製油所までトラックで輸送するためにフレキシバン方式が選択された。」とあります。

ネットで見られる唯一の画像ですが
http://transport.or.jp/tetsudoujiten/pages/leaves/1966_%E9%89%84%E9%81%93%E8%BE%9E%E5%85%B8_%E8%A3%9C%E9%81%BA%E7%89%88_P0352.pdf

珍しいものを見せていただきました。ありがとうございます。

katsu さんのコメント...

#9999さん
いつも貴重な情報をありがとうございます。
珍しい貨車の部分拡大画像を貼っておきました。
小さく写った貨車からよくそれが判ったもので、するどい観察力に毎度驚かされます。
当時のこの一帯は貨物だらけで興味深い貨車がいろいろいたのでしょう。
私は蒸機以外に全く目が向いていませんでした。

#9999 さんのコメント...

シキの拡大写真ありがとうございます。
被写体の周りを隅々まで観察するのは、資料に飢えてきた貨車マニアの悲しい性。鉄道に限らずいろいろな発見もあり楽しいものです。

塩釜港や石巻港の工場地帯は少し足を延ばせば撮影できたのですが、今ほど貨物に興味が無く行かずじまいでした。まだ3軸や鋲接のタンク車を普通に見掛けた時代でした。

kk-kiyo さんのコメント...

今回も貴重なお写真の投稿をありがとうございます。特に1番目のお写真は、私が見たかった建設中の東海道貨物線と市電の交差地点と思われます。この場所は、貨物線と市電の路盤に高低差があり、市電が廃止された直後に突貫工事で市電の路盤を嵩上げして貨物線を繋いだという話を聞いていましたが、このお写真で実態が理解できて、すっきりしました。変化が激しく記録が伴わない川崎臨港地帯の一瞬を捉えた貴重なお写真だと思います。これからも記憶の彼方に埋没している貴重なお写真の投稿を期待しております。宜しくお願い致します。