案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2012年12月1日土曜日

昭和39年の阪急京都本線

1964(昭39)年、この頃の阪急電鉄の正式名は「京阪神急行電鉄」であった。
子供の頃によく本で見て憧れた新京阪、P6、桂 のデイ100を訪ね、京都本線の沿線を歩いたのは確か桂近辺であったと思われる。
一面のどかな京都郊外を走るデイ100の余生を見て、よくぞこんな豪快な画期的名車を生み出したものだと関西大私鉄に感心したものだった。デイ100は1973年に全廃されたそうである。
                                                                   撮影 桂近辺  桂-東日向町 1964.07.10

天神橋発京都行き デイ100形136 (1927~1929年に73両製造)

京都発天神橋行き デイ100形127

天神橋行き デイ100形134

特急2枚看板の梅田行き 710系714 (1950年より14両製造)

710系714  桂駅

高性能車2300系 (1960年~1967年に78両製造)
新製から50年あまりを経過しても第一線で走り続けているのは驚異的といえるが、そこには、きっちりとしたものを造って長持ちさせるという関西人の哲学が感じられる。 「鉄道ダイヤ情報」2012年12月号より。

2300系

10 件のコメント:

Cedar さんのコメント...

阪急京都線がまだ新京阪の香りが残ってた頃ですね。電車も良かったですが、私が大好きだったのはお写真にも写っている独特な様式のコンパウンドカテナリーでした。

chitetsu さんのコメント...

京阪神急行電鉄という社名、個人的には今の社名より分かりやすく好きです。
Pー6や710の颯爽と走る様、やはり格好いいですね。

katsu さんのコメント...

Cedarさん、
私には目に入りませんでしたが、
架線のタイプはCedarさんが最も気にするところですね。
そして元々の「都市間高速鉄道」のコンセプトがCedarさんにとって興味深々のことと思います。
車両だけでなく軌道も高速化するための様々の設計があったのでしょう。

katsu さんのコメント...

chitetsuさん、
京阪神急行電鉄という古典的な電鉄名、私も大好きです。
いかにP6が魅力的であったのか、
chitetsuさんがP6の屋根に登った記事を読んで驚きました。
屋根上から撮られた写真を見ただけで高所苦手の私は足がすくみました。
戦前にこんな電車を発案し製造してしまう先人達には驚きますね。

T.F さんのコメント...

P-6は思い出深い電車です。昭和38年12月に桂駅で134先頭の5連の梅田行急行を初めて撮影以来すっかりはまってしまい、昭和42年頃営業運転の先頭車で全車両撮影しよう等と、とんでもないことを考えました。当時頻繁に編成替えを行っていたのでその気になれば可能でした。ところがその年の秋頃からATSと列車選別装置の取付けが開始されると、編成がある程度固定化されてしまい、先頭に出なくなった車両や運転台を撤去した車両が出てきましたので、結局60両位に留まりました。

さすがに特急には使用されることはなかったのですが、急行には結構使用され、昼間9本中1~2は入っており、1600が1本、710が1本、残りが2300といった感じでした。

昭和43年の日時は忘れてしまいましたが急遽特急に使用されたことがあります。夕方のラッシュ時、2800が故障して、7連はP-6が1本残っていただけで、乗客からの苦情覚悟で走らせたところ、ファンの方から「何故事前に言ってくれぬ」という苦情があったそうです。たまたま乗車した友人がおり、「105K/Hしか出さなかった」と言っておりました。

katsu様は、桂~東向日町間で2両編成の本線普通を撮影されておられますが、当時は通常3連で2連は珍しかったと思います。(嵐山線では撮影したことがあります)
714他4連は桂駅で間違いありません。

katsu さんのコメント...

T.Fさん
P-6の思い出をありがとうございました。話題豊富で、もしこれが今のことであったら撮影者殺到でしょうね。
私はほんの短時間訪問のP-6 でしたが、昔いろんな本でP-6のことを読んだ記憶があります。
本によく出てきた桂の駅名、まさか私達はそこで撮ったとは知りませんでした。

鉄仲間で私鉄電車大家であるI さんは何も知らない私を素晴らしい場所に案内してくれたものです。
写真で遠くに見えた駅はやはり桂でしたか。
先日のテレビニュースで桂の駅が出てきましたが、想像できないくらい変わってしまったのに驚きました。
今や全国どこでも都市近郊の駅の変貌は当たり前のことですが、
昔と今の落差が年ごとに増大するため、年々驚きが増大し、どこを見ても驚くばかりです。

おそまつ君 さんのコメント...

いつも懐かしい写真を拝見させてもらっています。
走行写真、桂ー東向日町です。
現在は新しい駅が出来ていて、桂ー洛西口です。
現在この区間は高架工事の最中で、全く面影はありません。
実家の最寄り駅が東向日(現在)です、日曜日に実家へ帰った折に乗った、各停は2300系でした。
2300系には長い間お世話になっています。
P6のお別れが走って、40年くらいでしょうか、早いものです。

katsu さんのコメント...

おそまつ君さん、
コメントありがとうございました。
撮影場所が桂ー東向日町間と判明し助かりました。
新しい洛西口駅近辺の堀とかカーブの現在をネットで確認できました。
この辺りは確かに高架線の工事が始まっていますね。
写真でカーブする背景にある山並みは京都側ではなく大阪側かも知れません。
周辺には今も田圃の緑が展開しているのが意外でした。
それに較べ桂駅の変貌ぶりは驚きで、これが48年の落差なのかと思い知らされました。

おそまつ君 さんのコメント...

 今晩は今日も実家へ行っていました
行き帰りともに5300系でした。
 掲載の写真はすべて北(京都)を向いて撮影されてます。
線路はほぼ南北に走っていますので、順光で狙えばこうなってしまいます。
 私の撮影した写真もほとんどこの方向を向いています。

katsu さんのコメント...

おそまつ君さん、
>掲載の写真はすべて北(京都)を向いて撮影されてます。

ありがとうございます。そうでしたかホッとしました。
もしや逆向きだとすると天神橋行や梅田行の表示を全て訂正せねばならず
ヒヤヒヤしていました。
考えてみれば、たいていは順光で狙うので
京都から来るのを狙うのが当然ですね。