案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2023年7月17日月曜日

夏の清里

清里と言えばあれから50年。あの頃華やかだったアンノン族も今や70代へ、あの女性たちのお孫さん世代が闊歩する今の清里。先日、清里の駅から奥に入った清里フォトアートミュージアムを訪れてみた。


この夏の清里駅。



ディスカバージャパンで賑わった清里駅 1971.8.15

清里フォトアートミュージアムで開催中の写真&ジオラマ展。




初めて見た鯉江さんのアメリカン(1930年代)Oナローの全貌。6つのセクションを結合させたレイアウトで運搬が大変だったと思います。背後の写真はO.ウインストン・リンク氏の1950年代の夜のアメリカン蒸機で、写真展とジオラマが一体となった展示であった。



E200形ハイブリッド式(シリーズ方式)気動車。野辺山
昔のDF50流に言うと電気式ディーゼルカー。

2023年7月15日土曜日

コクリコ坂から 昨夜再び

昨夜のテレビ放送。 
「コクリコ坂から」 1963年5月、横浜。
横浜市電の2軸電車が通り過ぎるほんの一瞬の場面。




麦田町の本牧トンネル. 1963.5.3

2023年7月10日月曜日

最近の再スキャンより 頸城鉄道1

 1962(昭和37)年夏の頸城鉄道を再スキャンしてみました。
これまで掲載してきた画像に比べ格段に画質がアップしています。
下の61年前のネガのスキャンで4点以外はゴミ削除やトーン調整が全く不要でした。


撮影:1962.8.3
明治村に到着する客貨混合列車。
1968年もこんな客貨混合の長大編成がまだ走っていた。


マキを満載したトフを牽く交換列車。明治村


小さな貨車から国鉄貨車へ積替え。新黒井


夕暮れの新黒井。


夏草茂る百間町。



百間町の車庫。



コッペル2号機。


十勝鉄道からやって来たDC123。


トラックから小さな貨車に荷の積込み 浦川原。

2023年7月8日土曜日

駿遠線を初めて訪問した頃。

1963年春、その正体がよく分からなかった静岡鉄道駿遠線を初めて訪問した。DB機関車が大活躍していたのが驚きであった。そんなネガの隣に写っていたのが東急東横線であった。 

撮影:1963年4月

DB機関車が牽く列車が次々やって来た駿遠線袋井駅。


袋井駅のDB機関車が牽く列車。


その頃の東急東横線 多摩川園前。


東急荷物電車 木造デワ3041


東急碑文谷工場ののデワ3001


この日の最後が二子玉川園で終わっていた。

2023年7月6日木曜日

内部・八王子線 四日市駅の大人と子供(再掲)

 
サムネイル取り込み領域を最大にセットした最近のスキャン。

最近の再スキャンは全て黒縁入れて取り込んでいますが、昔ブログに投稿した画像↓は上下がかなりカットされているのが分かります。↓の方が鮮明度高いのは原画でやってはいけないシャープネスが勝手にセットされてしまったため。

昔ブログに投稿した画像で、サムネイル取り込み領域が最小(標準?)にセットされていた。

四日市駅の大人と子供  1965.8.5

近鉄湯野山線と内部・八王子線(旧三重電気鉄道)の標準軌1435mmとナロー762mmの電車が対面する場面.近鉄(元 三重電気鉄道)内部・八王子線は今も現存しているが、四日市駅の風景や昔の軽便電車は消滅してしまった。
四日市駅では軽便と標準軌の電車が対面する場面があった。標準軌と並んでみると、乗客の大きさは同じなのに、軽便がいかに小さいかがよく分かる。小さな車体に載せて張りあげたパンタの大きいこと。


四日市駅風景。

2023年6月5日月曜日

古典SLが活躍していた地方私鉄(再掲載)

2010年の投稿から

上武鉄道(旧日本ニッケル鉄道)
八高線の丹荘から西武化学前まで6.1Kmを、客を乗せた列車が1日5往復走っていた。地方私鉄といっても実質は西武化学の工場と国鉄を結ぶ専用鉄道であった。
訪問した1962年の12月、ピッツバーグ製古典蒸機7号機が最後尾にハフ3(元篠山鉄道ガソリンカー)を連結した貨物列車を牽いていた。
当時、この線のディーゼル機関車はD1001(元鹿島参宮鉄道)だけで、他は古典蒸機だらけ。終着西武化学前の駅に降りるとそこは工場の中で、構内のあちこちで古典蒸機が煙を上げていた。
7号機 1897年アメリカのピッツバーグ製
4号機 1886年イギリスのナスミス・ウィルソン製
3号機1891年イギリスのダブス製など

北関東の一角でこんな古典蒸機が煙を上げていた。
蒸機は日車製旧3号機を除き全て西武鉄道から借り入れ車両。

終点 西武化学前駅は工場の中。1962.12.23


7号機 1897年アメリカのピッツバーグ製


3号機1891年イギリスのダブス製
社紋は上武鉄道になっている


4号機1886年イギリスのナスミスウィルソン製

休車中の1896年英国ナスミス・ウィルソン製の5号機

休車中の1902年英国ナスミス・ウィルソン製の6号機

廃車  唯一上武鉄道に在籍していた蒸機 日車製3号機

2023年6月2日金曜日

今日の紫陽花。

昨年から撮り始めた森の中に咲く紫陽花。昨年と同様に朝小雨のうちに撮影。
「小平あじさい公園」森の中で一人黙々と撮る。






沼尻鉄道 白木城

6月1日~6月6日まで池袋の「路草」で開催中の明大鉄研OB会写真展で
私はこの1枚の写真(秋色)に注目しました。
白木城の駅の先のにある踏切から撮影したものと思われ、
沼尻鉄道の白木城の駅というか停留場が思い出されます。 



磐梯急行電鉄(沼尻鉄道)最終日の前日1968.10.12に撮影。


川桁行が白木城駅に到着する。1964.1.2
最高に楽しいナローの珍編成であった。


正月の買物か新年の挨拶回りなのか川桁へ向かう人々。


沼尻へ向かう朝の列車はスキー客で超満員、そこへ地元のスキーヤーが乗り込む。まだマイカーでスキー場へ行く時代ではなかった。

2023年5月4日木曜日

湯野町行の電車

 伊達駅前から湯野町へ向かう福島交通軌道線の電車。
この沿線はかつて養蚕が盛んで、養蚕で得たお金で飯坂温泉に繰り出した話があります。
沿線の桑畑は戦後果樹園に切り替えたそうだ。



湯野町へ向かう  1966.12.31



ホコリ巻き上げて走る夏の軌道線.1964年 撮影:田辺多知夫

2023年5月2日火曜日

頸城鉄道 最後の残存区間

 最後に残った百間町~飯室間の沿線は森に囲まれていて、この森の中には集落が点在していた。森を出ればそこは広大な穀倉地帯で人家はなかった。集落は直江津行のバスが走る道路から外れていてマイカー普及までは鉄道が生活に密着していた。


朝の一番列車と直江津行のバ。百間町 1970.11.2


百間町を発車し森の中へ消えていくホジ。


早朝の鵜ノ木



明治村