案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2017年12月20日水曜日

新宿大ガードの今昔

西武新宿駅に近い新宿大ガード下を通ると思い出すのが・・・・・
で始まる西武軌道線跡はこれで二回目。
前回の2012年1月20日「新宿大ガード」から6年が経つ。
あの頃、街撮りはデジカメであったのが今やスマホに代わった。
この先5~6年が過ぎるとまた何かが大きく変化していることだろう。

そして、西武軌道線の跡があった大ガード風景(1962年)は益々遠い昔のことになった。改めて今の新宿大ガード風景と55年昔を比較してみました。

今の新宿大ガード 2017年12月

55年前、西武軌道線の跡が大ガートをくぐり新宿駅東口に向っていた。 1962年秋

大ガード下にあった西武軌道線の跡。
途切れた軌道の向こうに都電杉並線「新宿駅前」が見える。

現在の大ガード。 2012年

6 件のコメント:

Cedar さんのコメント...

大ガード下の軌道跡は、新宿で働いてた父に見せてもらった微かな記憶があります。
「大ガード」って呼び名さえ、昭和っぽく感じますよね。

katsu さんのコメント...

Cedarさん
Facebookネタのこじつけ記事で失礼しました。
汚かった新宿大ガードあたりも最近は少し空気感が変ってきたようです。
あと何年こんな街を歩けるのか?
数年後の変化では、我が身の変化の方が先で、
世の中の変化なんて考える余裕はなくなるかも知れません。

skazuu171 さんのコメント...

大ガード上の貨物線に組合のスローガンが撲り書きされたEF15や13がよくたむろし、その奥に当時長銀いや農林中央信金?のワリチョー坊やの横長の看板がライトに照らされた風景が印象に残っています。所沢から高田馬場で乗換え、祖母の家である等々力まで向かう途中、大都会を感じさせてくれる光景でした。高田馬場のマリリンモンローと貴乃花が相撲をとる質屋の看板も有名でしたがあまり覚えていません。

katsu さんのコメント...

skazuu171さん
組合のスローガンが撲り書きされたEF15ですが、
ちょうどFBに、さいたま鉄道模型フェスタに展示されたアジ文字のEF15模型の写真がありました。
こんなEF15はある時代を象徴する光景だった訳ですね。

KENJI OTAKE さんのコメント...

東口へむかう軌道線跡の位置関係に少し悩みました
大ガードはその後車道を深く掘られているんですね

katsu さんのコメント...

KENJI OTAKEさん
現在の大ガードの写真を1枚貼っておきました。
今は歩道が一段高くなって、車道はガード下中央部が深くなっていますね。
現在のガード下の道路は、道路が平だった昔のガート下とは結びつきませんね。