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高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2016年4月2日土曜日

昭和38年東京の自動車(都電杉並線1)

都電の写真で面白いのは昭和30年代の東京の自動車。
昭和37~38年あたりまでは戦後の自動車創生期の面影を残していて、その後あっという間に変わってしまった自動車。この頃の都電の写真で私は電車の型式などはどうでもよく、当時の自動車や街並みが面白くて興味深々です。鉄道ファンの誰もが自動車を排除して都電を撮ったものですが田辺さんはよくここまで自動車を入れたものです。田辺さんが撮った昭和38年の杉並線最終日の東京の自動車が愉快です。

都電杉並線 成子坂下 1963.11.30 撮影:田辺多知夫





6 件のコメント:

#9999 さんのコメント...

東京オリンピックを機に消えていったもののひとつに、自動車の旧ナンバープレートがありますね。
まだ新旧のナンバープレートが入り乱れている、アメ車時代から、これから訪れるファミリーカー時代への過渡期の貴重な記録ですね。

esehoku さんのコメント...

画像では確認できませんが、日野がノックダウン生産していたルノーなんかはよく見た記憶があります。
なんか頭の中に、小林旭の「自動車ショー歌」が流れてきました^_^

katsu さんのコメント...

#9999
そう言えば日本車よりもアメ車の姿が何だこれは!のインパクトが強いです。
これらを見た子供の頃は何も感じることはなく記憶にも残っていません。
今の時代だからこそ感じるものなんですね。

katsu さんのコメント...

eaehokuさん
混沌とした自動車産業の時代に日野ルノーはよく見かけました。
日野といえばコンテッサが1967年まで生産され、中古がしばらく出回っていたのを覚えています。
晴海の自動車ショーで日野はGTプロトタイプを展示したほどでした。

akeyan2515 さんのコメント...

はじめまして、いつも拝見させていただいています。鉄道好きなのですが、車も好きな私です。

この時代はまだ生まれていないのですが(1967年生まれ)、この当時の車は好きなのです。

上から二枚目の写真のタクシー(51-20)、テールランプが三角形になっていますが、これはいすゞのベレルという車で、クラウンやセドリック/グロリアに匹敵するいすゞの高級車だったのです。

台数的にはあまり売れませんで、どちらかというとタクシーなどの営業車に用いられていたようですが、私の亡き父が乗っていたそうです。ディーゼル車で、とにかくやかましい車だったそうですけどね・・・。

写真に写っているその他の車も、たいがい車名はわかりますが、この当時の車は鉄道車両もそうですが個性的でいいなぁって思います。

katsu さんのコメント...

akeyan2515 さん
コメントありがとうございました。
あのテールランプが三角形のタクシーはいすゞベレルでしたか、いすゞにそんな高級車があったとは知りませんでした。いすゞと言えばこの数年後のベレット1600Gtに憧れたものです。
写真に写った様々なクルマはほんとうにユニークなデザインで、現在走っていたら新鮮に見えるのではないでしょうか。いつの時代にかこんなデザインに回帰することなんてあるかもしれません。
キューバで走っているあの時代のアメ車は人気があり観光資源になりそうですね。