案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2014年6月14日土曜日

庄内交通 庄内砂丘

安部公房の小説「砂の女」(1962年)の舞台は鳥取砂丘ではなく庄内砂丘の酒田市浜中であったのを先日の朝日新聞で初めて知りました。

「砂の女は」1964年に映画化され、映画で見た砂に埋もれる生活の光景が今も記憶に残る。
鶴岡市湯野浜から酒田市にかけて35kmにわたり広大な庄内砂丘が続き、湯野浜の北7kmほどに浜中がある。日本海から吹き荒れる季節風の飛砂と闘う生活があり、季節風は砂丘の砂を水田や畑、民家にまで運び、これを防ぐため砂浜の近くでは木材を縄で隙間なく繋いだ「風当て」を家々の周りに巡らせ、1960(昭和35)年頃までは茅葺屋根が一般的だったそうである。

庄内砂丘は湯野浜から北へ35km続く.

鶴岡、善宝寺、湯野浜温泉といった庄内風情を走る庄内交通湯野浜線は、湯野浜温泉の街はずれから七窪にかけて砂丘を走っていたが、まさかこれが「砂の女」の砂丘の一端であったとは思いもしなかった。湯野浜線を訪問した1966年は映画公開の2年後で、日本海と砂丘は今の「夕陽百選の海岸」という明るい観光イメージは全くなく暗い荒涼とした世界であった。

ここから北へ庄内砂丘が続き、北7kmほどに「砂の女」の舞台となった浜中がある.1966.02.28
湯野浜温泉 - 七窪  
同じ場所でオリンパスペンで撮ったもの

風除けのある民家と善宝寺へ続く道 七窪-善宝寺 1966.02.28

砂の中にある七窪の駅

湯野浜線の終点 湯野浜温泉駅
湯野浜の町並の先に日本海が見える

海辺の温泉町 湯野浜

羽越本線鶴岡から湯野浜温泉行き電車が出ていた.

参考: 朝日新聞 2014.5.10 映画の旅人 砂の女

11 件のコメント:

伊豆之国 さんのコメント...

庄内交通が通っていた湯野浜温泉には、12年ほど前に泊まったことがあります。温泉街には電車が通っていた頃の面影はもう見つけることはできず、善宝寺にあった記念館も既に閉鎖されてだいぶ時が経っていたようで、保存されていた電車も外から見えましたが、既にかなり荒廃していました。記念館も電車もまだ残っているのでしょうか?…残っていたとしても、今では朽ち果てる寸前になっているでしょうか。

katsu さんのコメント...

伊豆之国さん
12年前の湯野浜温泉街には何も残っていませんでしたか。
地図でみると善宝寺から湯野浜へかけてかっての軌道跡らしきラインがみえますね。
ストリートビューで見ると湯野浜温泉街から北へ続く砂丘も実に綺麗な景色になったものです。
ストリートビューの撮影は厳寒の冬には撮らないでしょうから、どこへ行ってとても明るい雰囲気がします。
浜中の街の海岸べりの家には木材をつないだ風当てがまだ残っていました。
善宝寺の記念館はかなり荒廃しているようですね。
湯野浜電車の何もかも消えて忘れ去られてしまうのでしょうか。



Cedar さんのコメント...

砂の女の舞台と庄内交通の意外な接点をご教示ありがとうございます。
あの映画は学生の頃に観て強烈な印象が残っています。
なんとなく、北国のイメージが無かったのでしたが。

なと。 さんのコメント...

湯野浜駅に停車中のモハ8。
真後ろの建物が写真屋さん、その右の自動車が止まっている路地の奥に伯父の家。(見えていませんが)
しばらく見入ってしまいました。

小学生の時に遊びに行って、家から出たときに電車が停まっていれば「当たり」なければ「はずれ」みたいな感覚でした。

浜中は酒田市ですが、湯野浜温泉も酒田市になるか鶴岡市になるかでいろいろあったと聞いています。
ちなみに浜中はメロンの産地で、これからシーズンですね。

記念館のモハ3、どうにかしたいのですが。
善宝寺~湯野浜温泉はサイクリングロードになっており、途中の七窪駅跡は住宅が建ち並んでいます。

katsu さんのコメント...

Cedarさん
映画砂の女を見て、私は勝手に鳥取砂丘をイメージしていました。遠州灘の浜岡をイメージしたこともありました。

地面にはいつくばるように建てられた天井の低い家、かやぶき屋根の天井から降ってくる砂を避けるため食卓に傘をさしかける女性、
昭和35年頃に撮影されたこんな日本海の浜中の写真は強烈で、確か映画も同じような情景だったと思われます。
写真を見るとほんとうに凄い生活で、DVDでまた映画を見てみたいものです。

katsu さんのコメント...

なとさん
私はこんな海辺の街と駅の模型化に憧れています。
まして、なとさんのように子供の頃の実体験があったら一層感動的な模型になることと思います。
湯野浜線は素晴らしい沿線風情が鉄道を盛り上げてくれますね。
私が知らなかった庄内砂丘もその一つに。更に美しい日本海の夕日も。
善宝寺~湯野浜温泉間にあるラインはサイクリングロードということはやはり廃線跡となんですね。

匿名 さんのコメント...

 この風景 数年前にも見て投稿したことあります。
七窪駅は、昭和35年4月~38年3月
まで高校通学していた懐かしい駅です。
文字通り砂丘の中にあり荒涼としています。
当時は松の砂防林もしっかりしていたので
「砂の女」で言われているのは大袈裟です。
ただ浜中の「はまっぱた」の藁葺きとまや
の中には砂が入ってくることもあったと
思います。でも数軒だと思います。

ここから上野駅まで来て以来早51年の
歳月が砂のように流れました。
「ふるさとへ廻る六部は気の弱り」
と言いますが、ちっとも弱っていません。
めったに帰郷することもありませんが
心の風景、自分を育ててくれた原点として
大切にしまっておきます。
ありがとうございました。

katsu さんのコメント...

匿名さん
2年ほど前に七窪駅の思い出をコメント戴きありがとうございました。
小説「砂の女」にまつわる話は朝日新聞の記事を読んだもので、過剰があったかもしれません、
この近辺で実際に生活された方のお話が何より正確と思います。
庄内交通の車両や名所や鉄道情景を沿線の「風情」で捉えてみました。
地方私鉄にはこんな沿線風情がいくらでもあるところに魅力を感じてしまいます。
庄内交通は善法寺、湯野浜温泉と言った風情が湧いてくる駅名にも魅力を感じます。

匿名 さんのコメント...

返信ありがとう
ローカル線の小さな駅は本当にいいですね。
ましてや廃線になると尚更です。
さびれていても宝石箱です。

もっとも善宝寺は、駅はなくなっても
凛としたたたずまいの名刹です。
入り口にある五重塔は「魚鱗一切の供養塔」
として有名です。
龍神として漁師達に崇められてきました。
藤沢周平作の「龍を見た男」に登場します。
一方砂丘は何もないですが、見る人が見れば
いい所があります。ハマナス グミ原
浜昼顔の群生等等
かく言う私は、個人的には何もない砂浜が
好きです。
この時期海水浴シーズンなので、行って
みたいが中中機会がありません。

砂の害についての一考察
 はるか昔ブナ ナラの広葉樹林滞であった
が戦国時代の混乱と製塩のための乱伐で
荒廃した。江戸時代に酒田の豪商本間家が
私財を投じて黒松を植樹し、周辺が農地として使えるようになった。
つまり生活のために乱伐せざるを得なかった
人災の側面があったわけで、砂という自然
だけが悪いわけではない。

katsu さんのコメント...

いろいろと庄内交通湯野浜線にまつわるお話ありがとうございます。
その土地の歴史を交えて地方私鉄が紹介されると鉄道も奥深くなると思います。
鉄道事業の歴史(資料価値)よりも、鉄道の背景にあるその土地の歴史の方に興味がひかれます。

匿名 さんのコメント...

https://www.facebook.com/yunohama.taro/

湯野浜温泉駅 模型つくっております。