案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2013年4月2日火曜日

仙北鉄道 廃線前の活気

仙北鉄道が廃線(1968年3月)となる2年前、1966年の仙北鉄道はその2年前に訪問した時と同様に貨物輸送も乗客輸送も活気があり軌道の保守もしっかりしていた。しかし既に宮城バス仙北鉄道となっていた軽便はあっという間にバスに置き換えられてしまった。早過ぎた廃線と思われたがすでにトラック輸送やマイカー時代を迎え小さな軽便鉄道の廃線は時間の問題であったのだろう。まだまだ輸送量があった仙北鉄道は衰退して廃線を迎えるようなムードではなかった。
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貨物長大編成 1966.03.01 沼崎下 - 瀬峰   

ニフを先頭につけて貨物列車が米谷方面へ出発する佐沼駅 初春の風景. 1966.03.01
昭和40年代でも軽便が貨物と乗客で賑わっていた夢のような風景であった.

賑やかな佐沼駅 夏の風景. 1964.08.04

朝の通勤列車  沼崎下 - 瀬峰 1964.08.04

全線保守が行き届き、軽便ながらしっかりした軌道が印象的であった.佐沼 1966.03.01

DC103  佐沼 1966.03.01


瀬峰には大量の有蓋貨車が留置され貨物輸送が盛んであった.
左の軌道は築館線廃線跡で築館行のバスが走る.

この時代でも軽便貨車による米どころの輸送量はかなりあった.

2 件のコメント:

ゆうちゃん さんのコメント...

仙北鉄道は残念ながら行ってないのですが、仙北から来た2401,2402は沼尻(磐梯急行)で見ることができました。

katsu さんのコメント...

ゆうちゃんさん
仙北のあの2401,2402は惚れ惚れする気動車で誰もが好きになった車両だったと思います。
沼尻に移籍してから見に行ってなく残念なことをしてしまいました。
あの沼尻の線路によくあのボギー車が走ったものです。