1961(S36)年2月28日に消えた憧れの九十九里鉄道。
私は九十九里には行ったことがなく、高校の同級生だった飯島巌(故人)さんが廃線間際に撮ったもので、ご家族の了解を得てアップします。
昭和36年2月3日付謹告と2月21日付お知らせ。
当時、私はまだカメラを持っていなかった。同級生にまさか九十九里鉄道を撮りに行く鉄道ファンが二人も居るなど思いもよらず、独りで行くには九十九里は遠い地であった。
飯島さんからプリントを貰い大事に保管していたもので、上総片貝の待合室で撮られた1961年2月3日付「廃線の謹告」と2月21日付「定期券のお知らせ」からすると、廃線数日前の撮影と思われる。
飯島さんのカメラアイは10代半ばにして素晴らしく、愛らしい車両が走っている光景や、駅の光景など九十九里鉄道の日常を切り取っている。この当時から車両写真ではなかったのだ。
この数日後には全てが停止し消滅してしまった九十九里鉄道最後の日常光景。
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| 小さな単端キハ103が3両も牽いてノソノソ走る。 家徳 1961年2月 |
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| キハ103 に牽かれるケワ + ハニフ + ケハフ301。ボギー貨車で運ぶ荷物がどの程度あったのだろうか。 家徳 |
終着駅上総片貝の駅前風景。
併走する東金~片貝間のバスを増発することで廃線が決定。
終着駅上総片貝 発車を待つキハ104

単端式ガソリンカーは運転手と女性車掌によって方向転換される。
生活感溢れる洗濯物や布団は、ここに駐在する人のものか。 上総片貝
撮影:全点 飯島巌氏