案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2026年3月23日月曜日

底冷えの岩倉

 京福電鉄鞍馬線 1969年
正月の京都に来ていた。街は華やかな正月だった。
なのに観光らしいことは何もせず、
私は洛北へ向かい、岩倉盆地の田んぼの中にいた。

西陽が差す午後、田んぼの向こうを行く鞍馬線を狙った。
しかし京都の底冷えには参った。
今思うと、廃線になる路線でもないのに、
あの寒さの中で防寒着も着ず、
薄着でよく我慢して撮っていたものだと不思議に思う。

60年近くたった今、あの時の我慢も無駄ではなかった。
そう思うと、底冷えの岩倉も悪い思い出ではない。


岩倉


2 件のコメント:

Cedar さんのコメント...

この時代の叡電には足しげく通いましたが、こういう写真は撮っていません。さすがのフレーミングですね、冬の洛北の雰囲気が伝わってきます。

モハメイドペーパー さんのコメント...

この時代の岩倉は市街を外れた山里という感じでした。電車も半分くらいが岩倉止まりたったと記憶しています。