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高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2020年7月6日月曜日

銚子電鉄 夏の日3

銚子駅に戻ってみると日は傾き始め、夕方の駅周辺を撮ったのがこれらの画像で、駅の東方では盛んに蒸機が入替作業中で銚子機関支区では何両も蒸機が煙を吐いていた。

撮影:1962 1963.6.30
銚子駅前

銚子駅の東側に延びる引込み線で盛んに貨物入替をやっていたC58。

東← 国鉄引込み線とヤマサ醤油工場の間を走る銚子電鉄。→西

引込み線にいたステンレス製キハ35系900番台。

銚子機関支区の86とC58。

銚子機関支区の86とC58。

帰路の楽しみは総武本線千葉行き蒸機鈍行列車に乗車すること、列車はまもなく西へ向かって銚子を出発する。

[番外]  銚子電鉄の腕木式信号機。

6 件のコメント:

Cedar さんのコメント...

1962年の鉄道は、戦前からのシステムで運行されていたのがよくわかるお写真ですね。
何気ない構内風景の集積が、貴重です。

katsu さんのコメント...

Cedarさん
国鉄の腕木式信号機のことですね。
銚子電鉄もよく見たら腕木式がありました。
このようなものが残っていた良き時代1962年でした。

Cedar さんのコメント...

再度失礼します。
信号機もそうですが、詰所や機関庫の建物、給水タンクや電柱など、線路のチョックや枕木やホームの擁壁まで、そういうものすべてが変わったのは昭和50年代くらいからでしょうか?

katsu さんのコメント...

Cedarさん
言われてみるとそうですね。私は気づかなかった。
さすが模型やさんでそういうところが直ぐ分かりますね。
こういうこの時代ならではのものは情景模型では重要なポイントで
日本型ファンなら製作意欲が湧いてくることでしょう。
Cedarさんのようにトロリーファンだと銚子電鉄の頼りない架線や電柱に萌えるのでしょうね。

にぶろく さんのコメント...

写真の場面にタイムスリップしたら
たぶん銚子電鉄には目もくれず
8620、C58を撮影する気がします。
銚子機関支区、Nゲージで再現したいほど
魅力的です。

katsu さんのコメント...

にぶろくさん
当時の国鉄には至るところにこんな場面があったので、
あまり気にしていなかったけど、今みると貴重ですね。
模型の題材として取り上げても面白いと思います。