案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2015年12月8日火曜日

奥羽本線 湯沢駅

かって羽後交通雄勝線が発着していた奥羽本線湯沢駅。今年11月28日に湯沢駅がリニューアルオープンし奥羽本線に架かった跨線橋が現在解体中とのこと。Facebookに盛んに湯沢駅の状況がアップされている写真をお借りし、現状と50年前の夏の湯沢駅を対比してみました。現状写真はFacebook「はぁ〜え、湯沢のなえでもびゃっか」さんより。

日本各地いたるところで駅や街が生まれ変わり綺麗になって行く。建物や街が整備されすっかり綺麗になって行く半面、かってあったその土地らしい、その時代らしい、風景は消えて行く。

七夕祭りの日の湯沢駅雄勝線のりば.1964.08.06
右手国鉄線に架かった跨線橋が現在まで残っていて、一回り小さい雄勝線の跨線橋やホームは廃線後すぐに消滅したのでしょう。 

 消えゆく奥羽本線の跨線橋.模型でこういう国鉄の跨線橋に憧れたものです。

ここから雄勝線が発着していたが線路とホームは消え近代的な西口が誕生.

湯沢の街を背に湯沢駅を発車した電車は夕方で家路を急ぐ乗客で満員であった.1964.08.06

12月4日初雪の湯沢駅東口

現在の東口の街並み

七夕まつりの湯沢の街.1964年8月


6 件のコメント:

ねこあたま さんのコメント...

まちはきれいになったけど、人がいないですもんねえ。

通りすがり さんのコメント...

管理人様
いつも楽しく拝見させていただいてます
鉄道が本当に趣味的に面白かった時代に撮影出来たこと、うらやましい限りです。

管理人様の仰るとおり、最近の駅や町並みは小奇麗にはなりましたが
どこへ行っても同じような駅ビルに、全国どこへ行っても同じコンビニ、
車両も安っぽく風格のない電車ばかり、で全国を旅する楽しみが損なわれたような気がします。
新幹線が開業して駅前の再開発が行われたりすると、本当にブルドーザーで根こそぎ山を崩すかのごとく
見分けの付かない街になってしまいますね。

katsu さんのコメント...

ねこあたまさん
駅前の街並みをよ~く見ると・・・、そうですね人が居ませんね。
今や湯沢に限らず駅前通りによく見られる風景ですね。
クルマ社会を一旦リセットして人が歩く街に戻さないと。

katsu さんのコメント...

通りすがりさん
全国どこへ行っても同じ、失われた旅の楽しみはその通りですね。
昔の光景や電車が楽しく思えるようになったのは、
今の豊かな時代になって失ったものに気付かされるせいなんでしょう。
当時は雑然とした街並みや古ぼけた電車が今感じるようには見えませんでした。

esehoku さんのコメント...

でもどうして、どこもかしこも判で押したような街作りになってしまうんでしょうね…?
田舎に行っても、都市のパロディとしか思えない街の空間、駅や駅前はその街の顔のはずなのに、どこも同じように無機的なデザインの駅舎か、もしくは奇をてらっただけにしか見えない、または取って着けたような個性の表現が鼻につく駅舎ばかりで閉口します。
善光寺を模した長野の駅舎がなくなった事などが、街の顔を大切にしない現代の街作りを如実に現している一例のように思います。
私が知らないだけかもしれませんが、街の伝統と機能とを上手にリニューアルしている好例があったら教えてほしいと思っています。

katsu さんのコメント...

esehokuさん
東京も「東京のしゃれた街並みづくり推進条例」で個性ある街並みが再開発でどんどん消えていく。
街の均質化や空洞化に警報を鳴らす・・と今朝の新聞記事にもありました。
今の再開発にある問題点について真剣に取り組むのはいつになるのでしょうか。