案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2015年8月12日水曜日

marimoさんが撮ったあの頃の東武2

中千住駐泊所や貨物線のあの頃の東武を見ると、その風景はまさに発展途上国 日本の姿であり東京もまるでどこかの国のようです。今やすぐ近くの業平橋には美しいスカイツリーが立ちこの一帯も綺麗な街並みに変わってしまったことでしょう。昭和38年9月 東京オリンピック開催の前年でした。

撮影:田辺多知夫氏   1963.09.25

中千住駐泊所
業平橋~中千住

中千住貨物線の踏切の風景はいかにも工場地帯.

58号機と特急けごん. 中千住駐泊所


2 件のコメント:

#9999 さんのコメント...

蒸気機関車への乗車体験はよく聞きますが、車掌車それもトフ(私の大好きなトフ801形)への乗車なんて何とも羨ましい!

私が撮影を始めたオリンピックの翌年は、私鉄の汎用貨車は既に役目を終えつつあり、地方私鉄ではかろうじて小荷物用のワフと保線用無蓋車が残っているくらいでした。東武小型テンダー機の牽く凸凹貨物時代はさぞ魅惑的だったことでしょう。

以前、東京オリンピックの前は松の枝ぶりが見事だった話題をコメントさせていただきましたが、煙たなびく工場や銭湯の煙突も消えていったもののひとつですね。昔はどこもかしこも煙っていたような。

katsu さんのコメント...

#9999さん
さすがですね、貨車に詳しい#9999さんならではのご指摘です。
私はmarimoさんがどこに乗ってあの写真を撮ったのか分かりませんでした。
あのトフに乗せてもらったのですね。
昔は鉄道現場で写真を撮ってあげたり乗せて貰ったり鉄道マンとファンの交流がありましたね。

この時代の煙突の煙は全国どこへ行っても見られました。
地方私鉄の写真の背景に煙突があると、たいてい真っ黒い煙を吐いていました。
暖房なども石炭を焚いていたのでしょうか。
ホコリ舞う道路と煙突の黒煙は日本のこの時代を表す象徴的な風景であったと思います。