案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2015年7月20日月曜日

ある日の水浜電車 昭和41年

素晴らしき水浜電車、昭和41年ある日の名場面を田辺氏のアルバムから。

撮影: 田辺多知夫氏 1966年5月

何も説明がいらない感動の一場面. 大串

田んぼを行く路面電車.六反田付近

 涸沼川橋梁を渡る. 平戸-磯浜

海辺に近い曲松停車場

場所不明

大洗磯前神社鳥居の脇で線路が終わる. 大洗

4 件のコメント:

宵闇 さんのコメント...

路面電車が単線の専用軌道を走っているとういうのもまた風情があっていいですね。
自分は東急砧線を思い出してしまいます。

katsu さんのコメント...

路面電車が街並を出て専用軌道を走るところは路面電車の醍醐味ですね。
静鉄秋葉線、山梨交通、秋保線などと並んで水浜線は沿線情景が実に魅力的な路面電車であったと思います。
私が水浜線の素晴らしさに気づいたのは廃線からずっと後でした。
当時の水浜線の紹介はほとんど車両ばかりでした。

Cedar さんのコメント...

車両だけでなく、沿線の風物やホームの子供たちなど、空気感が捉えられているのが素晴らしいです。

katsu さんのコメント...

Cedarさん
この時代の地方私鉄は車両と沿線風情が素晴らしく、ありのまま素直に撮れば宮本常一の写真の世界でしたね。昔の鉄道誌の写真を見て感動したのはこういう場面でした。

カメラ高級機材、写真の撮り方などは不要で、被写体で決まる時代でした。
今でもこんな失われた沿線風情を探し求めて歩くと日本のどこかに見つかるかも知れません。