案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2013年3月17日日曜日

加悦鉄道 大江山鉱山と小型蒸機

大江山と丹後ちりめんの町加悦に似合う終着駅.  1962.7.31

加悦鉄道は国鉄宮津線(現・北近畿タンゴ鉄道宮津線)の「天橋立」の先にある丹後山田(現・野田川)駅から、古くから丹後ちりめんの町として知られた加悦町(現・与謝野町)にある加悦駅まで5.7kmを走っていた。
他に貨物線として丹後山田~岩滝精錬工場、加悦~大江山鉱山があった。大江山鉱山ではニッケルを採鉱し日本海に面した岩滝町の精錬場まで輸送していたが、昭和20年に鉱山が閉山し専用線も廃止された。訪問した昭和37年夏は日本冶金工業㈱岩滝線の貨物輸送で蒸機がまだ活躍していた。その後23年間に亘り営業が続けられたが昭和60年に全廃となった。

終点「加悦」駅は伝説の山丹波の大江山が迫ってくる土地で、加悦駅構内の行止まりに立つと、その先に延びていた昔の大江山鉱山駅までの専用線を偲ぶことができた。古典客車と蒸機がたむろする素晴らしい加悦鉄道の光景は大江山と丹後ちりめんの町によく似合っていた。

格調のある加悦駅の現役時代 1962.07.31

加悦の貨物駅

C160、1261、2号機が休む機関区

C160号機 昭和17年大江機械製作所製
日本冶金工業が購入し専用線に使われていたのを引き継いだ.

1261号機 大正12年日車製

この日煙を吐いていた4号機 大正12年川崎造船製
加悦では4両の蒸機を見ることができた.
大江山を背に4号機が動いていた加悦の構内風景.

側線の一番奥にあった給炭所.
ホームの線路の先は昔大江山鉱山駅に至る貨物線が延びていたが戦後閉山し貨物線は廃止されていた。現在は貨物線の道床跡を利用したサイクリングロードがこの風景の先へ向かっている。

参考: 鉄道ピクトリアル私鉄車両めぐり第1分冊 加悦鉄道

3 件のコメント:

常夜燈 さんのコメント...

最初の画像を見て思い出したのは
ピク誌の「私鉄車両巡りの第一分冊」の
高松吉太郎さんの「執着駅」です。
この本はなかなか手に入りませんでした。
やっと手にした私は早速出掛けました。
貴兄の3年後です。約50年前の事ですね。

常夜燈 さんのコメント...

ゴメンナサイ「終着駅」です。
一度、高松さんを私の地元で御見掛けしたことが有ります。ハンチング帽にコート姿でした。

katsu さんのコメント...

常夜燈さん
高松吉太郎さんが昭和34年撮られた「終着駅」加悦駅構内が掲載されたあの鉄ピク誌をお持ちでしたか。
高松吉太郎さんのあの加悦駅の写真は凄いですね。
私の持っているのは擦り切れてもうボロボロです。
私が撮ったのが昭和37年、常夜燈さんが撮られたのが昭和40年ということになりますね。
昭和37年はまだ4号機が動いていて、鉄ピク私鉄車両めぐりの記事にあった通りの車両がいました。
私の3年後に常夜燈さんが撮られた写真を拝見すると車両はほとんど変わらずですね。
その後に国鉄キハが入線してから加悦鉄道の雰囲気が変わってしまったような気がします。