案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2011年7月29日金曜日

江ノ電 ポール電車の時代

江ノ電のポール時代を、鵠沼から海辺までの沿線風景を並べてみました。わざわざ地方へ行かなくても、ポール電車が似合う光景はいくらでもあった時代。当時それに気付かず江の電は撮ってしまえば満足でそれっきり行かず。メモ代わりに撮ったこんな沿線風景はいつも35mmでなくハーフサイズカメラで惜しい事をしました。     撮影1963(S38)年4月28日 全てオリンパスペンS

静かな高級住宅地にある鵠沼駅 


今も昔も江ノ電のハイライト 江ノ島 - 腰越


江ノ島 - 腰越

鵠沼とは対称的な腰越駅風景


海辺の家並みを縫って走る.腰越


↑腰越 - 七里ヶ浜

↑七里ヶ浜
七里ヶ浜 - 稲村ヶ崎

6 件のコメント:

Cedar さんのコメント...

この時代の方が、江ノ電も周りの風景も今よりお洒落に見えるのはなぜでしょうか?

南部孝一 さんのコメント...

偶然ですね。丁度、江ノ島電鉄の調査をしていました。
江之島電氣鐵道は、1900年(明治33年)11月25日 に設立されていますが、日窒コンツェルンの創始、野口遵翁も在職しているんですね。
1901年(明治34年)には駿豆電気株式会社(後の駿豆電気鉄道)の取締役技師長として参画しています。
当時の技術者たちは目まぐるしく企業の設立に関わっていたんですね。
 
それにしてもkatsuさんの写真は、電車と風景の描写の妙と言いましょうか。
「腰越駅風景」など線路脇を歩くサラリーマンや線路で遊ぶ子供たちなど日常の様子が垣間見れていつも感服しています。

katsu さんのコメント...

Cedarさん
昭和38年当時の江ノ電沿線はまだまだ未開発で昔からの風景や人々であったと思われます。

その後の開発でそれまでの特徴(お洒落)も少し薄れてしまったのかも知れません。
そういえば、当時の写真(アップなし)にお洒落な住まい風景がいろいろありましたよ。

katsu さんのコメント...

南部孝一さん
旧東海道のポール電車に引き続きコメントありがとうございます。江ノ電、実は当時の各車両写真を準備したのですが面白くもなく、こちらの沿線風景に切り替えました。

江ノ電の楽しさは身構えて撮った写真ではなくメモ代わりに撮った沿線風景にあるのを今になって思い知らされました。
江ノ電で楽しくなる写真はきっと今でも同じなのでしょう。

青蛙 さんのコメント...

懐かしい写真です。貴兄と撮り続けてほぼ 50年。ポール時代の江ノ電の風景は沿線
開発中でした。極楽寺の検車区ではポール
まわしをしている写真もあります。
まだのどかな時代でしたね。
江ノ島駅留置線にはタンコロモで数両あり、
貴兄が観察している姿もありました。
日常のありふれた生活感をさりげなく写真に収める、今の我々のスタイルですね。

katsu さんのコメント...

青蛙さん
この撮影行き一緒でしたね。私はカメラ持って2年目でした。あれから50年近く江ノ電には縁がありませんでした。
今ストリートビューで腰越駅周辺を歩いてみると現状がよく判りますね。ストリートビューの画像が鮮明なのには驚きました。