案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。
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2011年11月19日土曜日

朝の仙台機関区

先日の1963(昭38)年9月の朝の仙台に戻り、市電と同時進行で撮影した仙台機関区の大型蒸機です。

東北本線が仙台から先盛岡まで電化されたのはこの2年後の1965年10月で、朝の仙台機関区では迫力満点の本線用大型蒸機が次々出入りしていた。
この日機関区で撮影できたのはC6237、C6036、C6120、C615、C5990そしてC58やC11など、更に本線を走るC59、C60、C61の客列車、D62の貨物列車まで撮る事ができた。
どの大型蒸気もヘッドライトの補助燈やシールドビーム化はまだ実施されてなく美しい姿であった。
仙台に滞在した僅か4時間余りで、市電の撮影と並行しこれだけ大型蒸機に出会えたのは、東北本線も電化前でまだまだ蒸機王国の時代であったという事になる。

C62を間近に見るのは初めてで、そのデカイいこと! 大型蒸機の迫力に圧倒された。
機関区では撮影のために蒸機を移動してくれたり、朝方の蒸機の出入りの予定を教えてもらったりといろいろと親切にして戴いた。

Bloggerの新Lightbox機能をフル活用しました。操作はお知らせに記載があります。
空が白み始めた仙台機関区の朝 C6237    1963.9.29

間近で見る巨大な C6237

C6237とC6036

朝日に光る C5990

C615

正面が仙台駅ホームで、駅前のビル工事が始まっていた. C58

2011年11月15日火曜日

朝の仙台市電

仙台と云えば仙台市電が思い出される。
上野から夜行車中泊で朝を迎える仙台は東京から丁度よい距離で、朝から効率よく動くことができた。
夜行列車で到着する早朝の地方都市と云えば、ひと気のないうす暗い駅前に路面電車が走っている風景が定番であった。
前夜20時50分に上野を出発した青森行き鈍行列車は仙台に30分遅れで5時半頃に到着。
大都会仙台も早朝の駅前は人もまばらで通勤・通学時間前のひっそりとした風景であった。
昭和38年9月の仙台行きは市電と仙台機関区を同時進行で撮り、朝暗い内から仙台の街を駆け巡った。
あの時の風景の今をGoogleストリートビューで覗いてみるとその変貌ぶりに驚くばかりである。

全点ポップアップ拡大画像になります。   撮影日 1963.9.29
日が昇る前の朝の仙台駅前
様々な看板がいかにも地方都市らしい駅前
大都会仙台の駅前もこんな風景であった. 駅前の丸光百貨店が増改築中
仙台駅前の停留場
仙塩街道を行く10系統原町行. 花京院-小田原一丁目
花京院を出るとさんさんと差す朝日を浴び東北本線を越える.橋の碑は今もそのまま残る.
現在はこの上に新幹線高架ができうす暗い光景に一変した。
仙塩街道を行く10系統原町行. 花京院-小田原一丁目
東北線を越えると左にカーブする.
仙塩街道を行く9系統原町行
 花京院.  9系統 大学病院前行き
花京院の交差点

2011年11月20日日曜日

朝の仙台 東北本線

朝の仙台で東北本線の蒸機列車とその合間に仙台市電を撮れる絶好のポイントがあった。
この日は常磐線C62の列車に乗って磐城セメントがある四ツ倉まで向かう予定で、仙台9:35発の列車に乗車できるギリギリまで撮り続けた。それにしても東北本線に次々やってくる大型蒸機の本数がなんと多かった事か、そしてどの蒸機もシールドビーム等は付いてない大型蒸機本来のなんと美しい姿であった事か。

C6036が牽く上り列車の上を仙台市電がまたぐ.  1963.9.29

仙台を発車したC612が牽く下り列車  仙台

C59176が牽く下り列車  仙台

D629の荷物列車 仙台

C58 仙台

C11 仙台

常磐線平区のC629に乗って 四ツ倉へ向かう途中

2025年1月24日金曜日

オリンパスペンから落穂拾い(4)

朝の仙台機関区は大型蒸機が至るところに休んでいてその大きさに圧倒された。
まだSL全盛であった仙台以北の東北本線。

2011年にアップした仙台機関区はこちら→「朝の仙台機関区


撮影:1963.9.29







2010年8月15日日曜日

雄勝線 湯沢

尾花沢線を終えると、その日のうちに奥羽本線大石田から湯沢へと向った。
陽も傾き始めた湯沢の街には、明日からの七夕まつりで絵灯篭が飾られていた。国鉄湯沢駅の隅に雄勝線のりばがあり、朱と黄のツートンカラーに塗られた電車が牽く混合列車が1時間後の発車を待っていた。デハ7+ト+ハフ14+ワフ1

  
この混合列車に乗り電車区のある西馬音内まで往復してみた。夕日を浴びた古典2軸客車のデッキから見る沿線は、田んぼの小川で遊ぶ子供達など長閑な田園風景であった。明日の撮影ポイントを決めて湯沢に引き返すと、例によって駅前旅館で一番安い宿をみつけて宿泊した。

湯沢駅に到着したデハ6    1964.8.6 

湯沢駅  西馬音内 梺方面のりば   ホハフ5+ハフ14
翌日、宿の前の商店街では朝から七夕まつりの飾りつけが始まっていた、七夕まつりと言っても仙台の七夕とは違って素朴な飾りである。雄勝線湯沢駅も、七夕祭りで客が多く活気に満ちていた。夕方になると路地のあちこちで行商の人たちがリヤカーの上に店開きしていた。
東北地方はお盆で最も混み合うシーズンとなり、超満員の奥羽本線の列車に乗り込み湯沢を後にした。