先日8月17日にビックサイトで開催したJAM クリニック「地方私鉄 失われた情景」より.

夏の海岸線を行く生え抜きの雨宮製キハ5102+コハフ3001.

キハ5162(元三岐)+コハフ1502(2軸車).

海岸の岩場に近い最も高さ低いところを行く線路.

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300年の歴史がある「島原手延べ素麺」が生まれた土地は島原半島南部の西有家町須川。
古い線路図で見ると2008年に島原鉄道の部分廃線で消えた島原外港(現:島原港)~加津佐間に西有家の駅があった。その先が島原の乱の原城遺構がある南有馬。有明海の向こうは天草。
世界遺産の南島原を海沿いに走っていた島原鉄道の廃線区間。どんなに素晴らしい南島原の鉄道風景だったことだろうか。
銚子電鉄 本銚子駅前後の線路は今や緑のトンネル状態で日中は駅に人がいなかった。かつての線路には緑はそれほどなくて駅には人がいた。60年の歳月で木々が成長し緑がこれほどまでに成長するのは銚子電鉄だけではなく各地で起きているのでしょう。
数年ぶりにミラーレスカメラを取り出して60年ぶりの銚子電鉄に行ってきました。
滅多に使わないミラーレスはスマホと違って後の画像処理が大変でテストの繰り返しです。
撮影:2024.6.25 Sony40mm 単焦点レンズ
曇天のある日の竜ヶ崎線。4号蒸機が盛んに活躍していた時代。
この5年前の1958年頃までは2軸客車を連結した客貨混合列車が走っていた。
フィルム代が高かった時代に私が5枚連続で撮ったのはとても珍しいことで、よほど感激したのか。
1965年12月 ディーゼル機関車DB11が入線し蒸機と交代
1971年4月 貨物営業廃止
1971年10月 4号蒸機廃車