案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2024年7月31日水曜日

遠州鉄道 消えた気賀口~奥山間

私が見ることができた1962年以降の軽便鉄道で人気の沼尻、頸城、井笠、尾小屋は多くの書物で言い尽くされた感じがする。早くに消えた西大寺を除くと仙北、駿遠、奥山、花巻となるがこの中で紹介が少ないのは奥山線の非電化区間(曳馬野~奥山)で、今でも切り口がいろいろと楽しめる。



昭和38年に消えた廃線区間(赤)




1963(昭和38)年4月に部分廃線になる前、気賀口の先の急カーブで北へ方向を変え神宮寺川沿いに山間を奥山へ向かっていた。


気賀口  1963.4.4

2 件のコメント:

Cedar さんのコメント...

2年ほど前に、Chitetsuさんのクルマでこのあたりを通過しました。金指の立体交差の痕跡などがうっすらと残っていました。

katsu さんのコメント...

Cedarさん
2年前とはつい最近ですね。
今では立体交差の遺構は撤去されてしまったようですね。
現地の方から遺構保存の活動でメールが来たことがあります。
同行した友人(故人)から預かっている画像データの中に
この立体交差の上から二俣線を撮った画像がありましたので
アップしてみます。