案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2016年7月29日金曜日

扇町を訪ねて

以前こんな記事をスタンバイしてあったのを忘れていました。
三井埠頭の1、3、5号機は既に紹介ずみですが、昭和39年12月の扇町界隈はこんな風景でした。

尻手から浜川崎へ 1964.12.25

浜川崎の国鉄C11

鶴見から扇町へ

三井埠頭1号機(ピーコック)と5号機(汽車会社)が働いていた現場.
こんな現場に立ち入るのをよく許可してくれたものです。

 三井埠頭5号機(汽車会社)


 憧れの三井埠頭1号機(ピーコック)

2016年7月22日金曜日

新潟交通 昭和の街並み

RMライブラリー204巻 寺田裕一さんの新潟交通電車線(下)が発売されました。
そこで県庁前-東関屋の街並みカラーを再度掲載してみます。

県庁前-東関屋   1968.08.17

県庁前-東関屋 1968.08.17

 県庁前-東関屋 1968.08.17

元小田急のクハが道路上を行く.県庁前-東関屋 1968.08.17

 雨の県庁前 モハ16(元国電旧伊那)+クハ36(初代モハ16) 1968.08.16 

クハ37(元国鉄41000形) 東関谷

東関谷駅の風景 形式モハ17(元東武デハ2形) 1968.08.17

 モワ51 東関谷

 クハ46 元小田急 東関谷.元はつまらぬ小田急デハ1408でも新潟交通仕様になっているところが魅力的です。

2016年7月11日月曜日

弘前の想い出

夏の津軽めぐりで訪れた弘前城の写真から、弘前の裏町から発車している弘前電気鉄道(紹介済)のことが思い起こされた。写真に7年の差があるが昭和48(1973)年は各地にまだまだ1960年代の風景が残されていたのだろう。

弘前城を訪れたのが1973年夏. この近くにある弘前電気鉄道を訪問したのは、この7年前1966年3月であった。


1973年、津軽から日本海側を五能線沿いに走ると、未舗装の凸凹道、古びた木造旅館、ドラムカン・自転車などの生活用具、いかにもその時代らしい風景が懐かしい。 旅館兼ガンガラ穴案内所

中央弘前を出た木造車は土淵川沿いに裏町を走り県立弘前高等学校の前でカーブする.
元国鉄のクハニ200形は最後まで木造のまま使われた.弘高下 1966.03.03

倉庫からリンゴの香りが漂ってきた西弘前駅  

クハ202+モハ105

2016年7月10日日曜日

昭和38年 あの頃の流山電気鉄道

以前、本ブログで遠い昔の流山電鉄を紹介したことがありましたが、↓1枚目の写真に縁が深い方からコメント戴きました。昔、ここに住まいがあって中央の小屋のフロ場に入っていたそうです。そういえば私も父が務めていた職場のフロによく入りに行った記憶があります。

撮影 1963.3.31
 崖の下の流山駅奥の佇まい. 

この小屋がフロ場でしたか!  給水タンクの水を小屋に引いて従業員用フロ場としたのでしょうか. 少し前までボールドウィンのサドルタンクが使っていた給水塔でしょう。
そして奥に小さな電車庫、まるで模型のような世界。


けだるい午後の日差しのもと、流山駅の長閑なひと時.
まだ携帯などない時代、女学生達?は何をしていたのでしょうか.



以下も再掲ですが懐かしき流山電鉄の風景を大きい画像で。言い尽くされた車両の型式や経歴などはどうでもよく、この時代の沿線風景が懐かしいものです。

右手に醤油工場に行く引き込み線があった.

沿線は自然豊かで長閑な田園風景だった.

この頃の馬橋駅にはローカル私鉄のりかえ駅の風情が溢れていた.

2016年7月7日木曜日

昭和40年7月北海道 雄別鉄道3

撮影:田辺多知夫氏 1965.07.20
C56(1001)が牽く混合列車  雄別炭山

雄別炭山風景

倉の中のボールドウィン1Dテンダ機 9040形9046 

ナハ12

ナハ17改造後

雄別炭山駅

2016年5月26日木曜日

賢島行き電車

今日は伊勢志摩サミット開幕の日。
50年前の長閑な三重電気鉄道志摩線を思い出してみました(再掲写真含む)
国鉄参宮線の終点鳥羽で志摩線に乗り換え長閑な沿線風景を賢島まで電車が走っていた。
近鉄が賢島まで直行する現在の立派な路線からは想像もつかないローカル志摩線の風情があった。

参宮線鳥羽で志摩線の電車に乗り換える. 1964.07.06

鵜方駅の下校風景

何もない自然あふれる賢島近く行く荷物室付電車

国民宿舎「賢島ロッジ」の下を行く夕暮れ時の電車.

終着駅賢島はこんな風景で、貨物線が右へ真珠港に延びる.

英虞湾

2016年5月16日月曜日

お知らせ

私のブログの現状、何もお知らせが無くて大変申し訳ありませんでした。

実は4月15日の上武鉄道の記事を最後に私のブログの時間が無くなり、

現在、ブログは停止中です。

いずれブログ再開の日はやって来ますのでどうかお待ちください。

katsu

2016年4月15日金曜日

上武鉄道の英国系4号機と米国系7号機

上武鉄道の終点西武化学工場内にある機関庫に並んだ1886年英国ナスミス・ウィルソン製4号機とピッツバーグ製7号機。この対称的な英国系と米国系機関車を写真で比較してみました。

 西武化学工場内 1962.12.23
 機関庫の全景はこんな感じであった.

英国系4号機

米国系7号機


英国系4号機

米国系7号機

英国系4号の下回り.理にかなった機械設計の結果から生まれた繊細なラインの美。
  
米国系7号の下回り.いかにも米国系の厚肉の造形美。


7号機