案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった。
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
を回想してみました。

2026年8月14日金曜日

耶馬渓線の中津


到着した日豊本線中津駅は雨だった。
1967.3.5


中津駅3番線の耶馬渓線。
キハ104+ハニフ12に乗って羅漢寺へ向かう。


魅力的な ひよどり号 キハ103

珍品揃いの客車 ホハフ102 167


ハフ27


クラウスがいた中津の車庫。
昭和42年の中津の車庫には、蒸機2両、DL3両、気動車13両、客車19両、貨車16両の計53両が在籍しまさに古典車両の博物館であった。
余りにも奇妙な車両が多く、夢中で撮りまくって疲れ果てたことが鮮明に記憶に残る。そして、こんな現場に好き勝手に入って撮影するのを許可してくれた良き時代が今では考えられない。


ハーフ判ネガカラーの鮮明化.

4 件のコメント:

Schenectady さんのコメント...

素晴らしい写真をありがとうございます。機関車、客車、そしてそれぞれに歴史ある気動車が、カラーの力でその当時の匂いも感じられるようです。先日中津駅に行きましたが、JRも高架駅で、耶馬渓線の面影はなく寂しく思いました。

katsu さんのコメント...

Schenectadyさん
コメントありがとうございます。
先日、中津駅へ行かれたのですか、懐かしい駅です。
カラー写真は数枚だと色を揃えるのが結構手間が掛かり、何となくアップした車両カラーで失礼しました。
過去記事を含めた中津車庫をもっとしっかりアップしたいと思います。

U-BOAT さんのコメント...

こんにちは。大分交通耶馬渓線の車両は中津市内の汽車ポッポ食堂で有効利用されていますね。中を宿泊施設に改造したり、建物に半分取り込んだり魔改造気味なのですが、どんな形であれ個人で大切に保存してくれているのは感謝しなくてはならないことなんだなと思います。

katsu さんのコメント...

U-BOATさん
情報ありがとうございます。
ネットで「汽車ポッポ」食堂&ホテルを見てみました。凄い施設ですね。ここに泊ってゆっくりしたくなります。大分交通ツートンカラーの車両に出会えればどんなに嬉しいか。