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高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2026年8月9日日曜日

1963年の横浜風景


架空の電停「西の橋」別れのシーン。
使用許可されたスタジオジブリのコクリコ坂画像50枚より
1963年の横浜風景。


コクリコ坂の時代背景は1963年の横浜であった。
丁度この年の5月に撮った横浜市電の中から
コクリコ坂に出てきた500型を揃えてみました。
撮影1963.5.3



昭和4年製で4輪単車で最も台数が多い 500形 桜木町駅前


麦田町の本牧トンネル. 





滝頭車庫


桜木町駅前。高島町?


3 件のコメント:

Cedar さんのコメント...

500形は横浜単車の代表格でしたね、麦田の車庫にずらっと並ぶ姿は東京都電とは別世界でした。
あと、重箱の隅で恐縮ですが、ラストカットは浜松町ではないでしょうか?

katsu さんのコメント...

Cedarさん
ラストカットの写真、ご指摘ありがとうごいます。確かに国鉄の鉄橋が桜木町ではないですね。私は浜松町という電停があるのも知らなかったです。
市電の線路配置が浜松町のようです。ただ、撮影したコマを順にみて行くと5系統と掲載した7系統が出てきて、浜松町とすると、どちらも走る軌道が違う? 4本のネガと横浜市電の路線図を調べていると半日はかかりそうです。広電でも変則運転で系統番号に振り回されたことがあります。 正解は浜松町なんでしょう。

katsu さんのコメント...

Cedarさん
7系統、5系統が走るここは高島町のようです。高架線は東横線で、写真の7系統は中央市場を出て、高島町を経由し八幡橋へと向かう。