案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2026年7月15日水曜日

上田丸子電鉄 下之郷駅

やはり、ブログをPC画面で見るのが私にとって一番楽しめそう。
新しい媒体にも投稿してみたが、「味わい深い鉄道」の写真を理解する人は皆無のよう。
きっと世代が違うせいでしょう。
「味わい深い鉄道」を写真で楽しむには、やはりブログがよさそう。

AIによるカラー画像の鮮明化の一枚。
chatGPTの生成画像そのままで、あり得ない青みだが敢えてそのまま。


生成画像 第1水準 無調整
車両は「記憶色」、風景は敢えてデシタルらしい鮮明な色。


生成画像 第2水準 無調整
こちらが「記録色」に近いか。


元山梨交通7形が休む別所線の下之郷駅 1970.8.17

左が別所線の島式ホームで、手前が西丸子線のホームだった。廃線で使われなくなった線路上に橋を渡し改札口から別所線のホームへ渡れるようにしてある。向こうには使われなくなった元山梨交通の電車が留置されていた.


4 件のコメント:

Schenectady さんのコメント...

いつも素晴らし写真をありがとうございます。この車両は江ノ電に行き801ー802となり大型車として活躍しました。通学で良く利用しました。

katsu さんのコメント...

Schenectadyさん
コメントありがとうございます。山梨交通で活躍していた路面電車が上田丸子へ来て、更に江ノ電へと長きに亘りよく活躍したものです。私は江ノ電で連接化された時代は全く知りませんが、通学で利用されたとのこと、その時代の想いが詰まった電車ですね。

北鉄ノスタル爺 さんのコメント...

別所線ホームから西丸子線ホームに渡していた橋が謎でした(これでは電車が出られないではないか…と)が、なるほど、奥の電車は西丸子線廃止後の留置車両だったのですね。
線路を跨いで橋をかけるなんて、すごいローテクな乗客サービスだと思いました。
AIカラー化はどちらも当時の雰囲気がすごく自然に再現されていると思いますが、やはり2枚目が自然な感じがします。

katsu さんのコメント...

北鉄ノスタルさん
カラー化の感想ありがとうございます。
やはり2枚目の自然な感じの色合いの方が無難ですね。
今はrawで撮ったデジタル画像のraw現像などで、強烈なインパクトある画像(ありえない色)等を見ると、つい刺激されてしまいます。そういうインパクトを求めるなら1枚目になると思います。