案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2025年8月23日土曜日

京都市電 電停近衛通

1969年の京都市電。背後に京大吉田寮が写る写真を提供したところ「京大吉田寮百年物語」が送られてきました。大変立派な百年物語です。
 


 背後に京大吉田寮の建物.電停近衛通.1969.1.2

京大吉田寮百年物語.

6 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

学生時代に京都に行くと、鴨川沿いの京阪やポール時代の京津線、叡電などを撮った後はこの界隈に出かけたものです。百万遍の交差点や進々堂という喫茶店も好きでした、関西では京大と言わず「吉田」という気取った言い方もありましたね。東大を本郷というようなものか・・

katsu さんのコメント...

Cedarさん
学生時代に行かれましたか。私は社会人になったばかり年に訪問しました。どこでどう撮ったのかも分からず、40年後に初めてネットで調べ、大通りの名称とか電停名を知った次第です。ここが京大の吉田寮とは知る由もありませんでした。写真を見ると寒くて静かな京都の正月を思い出します。

匿名 さんのコメント...

懐かしい近衛通の写真を有難うございます。背後にあるのは吉田寮の入口ですね。1969年1月2日、私は吉田寮生で2回生でした。この年は学生部封鎖から大学紛争に入り、今では考えられない時代でした。寮費は月100円、寮食堂は生協食堂より安くて美味しく恵まれていました。下宿代は1畳が1000円の時代でしたので、奨学金とバイト代で月1万円あれば何とか過ごせました。当時の写真は何もなく、アップして下さる市電の写真で昔を思い出しています。

katsu さんのコメント...

匿名さん
懐かしい思い出をありがとうございました。あの近衛通りの風景をカラー化し、思い出のコメントを掲載させて戴きました。

匿名 さんのコメント...

カラー化ありがとうございます。百万遍や東一条あたりの写真も懐かしいです。1969年~1971年の大学紛争の写真はよく見かけますが、こういう平和な風景は心が癒されます。

katsu さんのコメント...

匿名さん
そうでしたか、この写真の正月は年明けに京大の大学紛争が勃発する直前、これから大変な時代を迎えたんですね。